ドアが完全にしまり終わったあと、えんまがゆっくりとりゅーに向き直った。
はじめましてではないものの、りゅーはいつもとは異なる、少女の姿だ。
「ところで、きみはだれなんだろう」
不思議がる彼をりゅーはコックピットに座るよう促して、
「飛びたて。発進はどれだ?」
と、命じた。だが、えんまの頭は既にひとつの疑問に占拠され、
まだそれは解決されていないため、しばし沈黙が流れる。
「…狼月だ。見てくれは気にしゅるな。」
えんまは不自然なくらいそのまま納得し、しかし両手は膝の上にきちんと納められたままで頷く。
「ふぅん」
「細かい話は後だ。すぐに飛び立て。ここは危険だ。」
「わかってて来たよ。それに、チューをおいていけない。」
「発進シュ…スイッチはどれだ。」
「あおいやつ。たぶん。」
聞き方を変えると、りゅーはあっさり核心を得た。ほぅ、と間をおき一呼吸。
素早く指を伸ばしたか゛、椅子に座っているえんまの反応は予想以上に早い。
「やめようよ。じゃまものには、ぼうりょくして平気って、ゆわれてるんだよ。
やめないと、ぼく、狼月さんのうでを、ひねっちゃうよ」
彼は掴んだ大きな手の親指をスライドさせ、ゆっくりとりゅーの腕をねじ曲げてゆく。
「…できるのか?」
りゅーが片の眉を持ち上げる。そのリクエストに答えるように、すぐさま、えんまは手首を返した。
「きみはともだちだけど、みかたじゃないだろ」
少女の細い肘がミシリと軋む。
りゅーは肩をえんまの背に寄せ、衝撃を緩和しつつ振りほどく。短刀を抜き、敵の脇に向ける。
「敵を懐まで入れた癖に、コクピットだけは守ると抜かすか?」
えんまはじっと、りゅーを見返している。
「きみは、ぼくを切れるかなあ」
「斬らせるな!」
子供を払いのけようと振られた腕を避け、りゅーは身を踊らせる。
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「クソが!あンのチビガキどこ行きやがった…!?」
一方、外ではチューヅが血眼になって志斗を探していた。
目に入った限りの影を覗いてみるものの、どこにも彼のちいさな姿は見当たらない。
「志ー斗ー!」
「残念だけど、志斗さんは隠しちゃいました」
チューヅが何度志斗を呼んだかしれないが、
ようやっと返ってきたその返事は、やはり志斗のものではなかった。
地下室に向かう階段のはじめの一段目を登り、明るみに出てきたのは
結いあげた髪にくるりと円らな黒眼を持った、オオツノワタケの若侍。
「民間人相手に手を上げるなんて卑怯な真似は許しません!
ここからはこの僕が相手で…あれ?」
びしりとカッコよく姿を現し視線をキメると、目の前にいたはずのガスマスクの小男は居なくなっていた。
気配を追って天井を仰げば
尾を引く雄たけび、そして鞭を振りかぶった姿が上から襲いかかってきていた。
「/thunderr!」
薄暗がりだった室内に、閃光が走る。
ソウシは急に視界を奪われて動転しかけたが
金属機材の多い場所だったのが幸いし、雷撃はかなり周囲に散って襲ってきた。
すらりと刀を抜くと、巻き付けるように動かしてはね除ける。
「わ、危ないなあ!やっぱり狼月さんの言うとおり、ちょっとやんちゃなひとたちみたいですね」
言っている傍から、チューヅはバールを空いているほうの手に取って殴りかかってきた。
ソウシも小柄だが、それより頭ひとつぶんは小さい相手に、いつもより低く構えて応戦する。
相手も民間人だ。ケンカなら通用するだろうが、侍相手には大きく不足を取るとしか言いようがなかった。
それでも素早さと鞭の腕前にはそれなりに覚えがあるらしく、
ソウシも距離を詰めるのに若干の苦労を要する。
バールを伸ばして間合いを確保した瞬間は
完全に顔が留守になっていた。刀を振りかぶる。
「またかよ 沖ソウシ!だからてめェはムカつくんだよ!」
垂直に斬ろうと思った矢先、チューヅが叫んだその言い回しが、
ソウシに突然あることを思い当たらせた。
もしかすると彼は先日の、ロボット騒ぎの。
ブラックアイズと名乗るロボットの中に居た。
「…にゃんこさん?」
「の、中の人だゴルアアアア!」
ソウシは何か尋ねようとしたが、それより先にチューヅが鞭を地面に打ち鳴らしたため、聞こえなかった。
/burstが発動し、爆発した破片がソウシを襲った。
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