そんな志斗の家の窓の外に、一人のヴォルグの少女がぴったりと張り付いていた。
開いた窓を、音をたてないように最後の数センチだけ残して閉め、枠から飛び降りる。
周囲に目が無いことをすばやく確認すると、面倒なことになったとぼやく。
スラバヤの三人組がやってきて、志斗を脅して駆り立てていくまでの一部始終を、
部屋の隅のカーテンの隙間から、彼女は全て覗いていた。
ワンピースを履きにくそうにたくし上げた
曇り空よりも深い、藍色をしたヴォルグの少女。
名前をりゅーという。
彼女の正体ががあの狼月竜哉だといって、信じる者はないだろう。
しかし、リヴリーの世界には不思議なものもあるもので、
ピンクのキノコを食べたとたん、恐らくバトン様の作用を持ったものだったのだろう。
小さな少女に存在変換されてしまったなんて、まるで嘘のようだが現実だから仕方がない。
「困ったことになったな」
りゅーは自分の耳に聞こえる程度の小声で、もう一度言った。
家の入口はゴールデンバットが突っ込んだせいで、半壊し、大きく割れたところから中の光が少し漏れていた。
天井に収まりきるには大きすぎる奴の背中が、湿った空気を反射して光る。
志斗は彼を、いや、彼女を、ヴォルグ以上のものに引き上げ
極めて優れた剣豪たらしめている『核』の技術者だ。
志斗自身がどうなろうと興味はない。が、彼の技術を発揮するための道具を奪われてしまうのは困る。
しかも、りゅーがどうすれば元の姿に戻れるのか解析している途中だから、余計に困る。
それで一肌脱いでやることにしたのだ。
りゅーは、紙ヒコーキに何やら書きつけてそっと空に飛ばすと
志斗が向かった物置と逆の方向を回り、ゴールデンバットを尾から見上げる。
「オラオラァ!とっとと持ってこいや!
どんどん積みこんじまうぞ、えんま、もたもたしてんな早くしろ!」
腹部が開いてスロープになった脇に、チューヅが背を向けて立っているのがみえる。
その隣でチェックリストとにらめっこしているのがジャスタス、
視線の先にはひぃひぃ泣きながら支度をする志斗の姿があった。
威勢の良い掛け声に命ぜられ、えんまが大きな荷袋を抱え第一陣の荷物を積みにかかろうとしている。
りゅーは足元にあった小石を屋内に投げ込み、ガスボンベに穴をあけて周囲の注意をそらしてから
えんまの大きな体にぴったりと寄り添った。
「あれ?」
えんまは足元に唐突に現れた子供を不思議に思う風もなく見下ろしている。
成人だったときも大きい男だとは思っていたが、
子供としてみるとますます巨人のようだという感慨から頭を離し
りゅーは子供にしてはぶっきらぼうに言った。
「こっちへ。その袋は一旦脇に置いてからだ」
相手が誰であろうと、乞われればなんでも快く応じるえんまの性質をりゅーは知っていた。
思った通り、彼は袋をゆっくりと地面に置き、後をついてくる。
その間、りゅーは急かすようにスロープをかけ上り、ボンベの不機嫌が少しでも長く続くことを祈っていた。
傍にあった布を丸めて押さえにかかるジャスタス。
噴射に飛ばされて痛い痛いと怒鳴るチューヅ。道具が無いと、大げさに志斗が騒ぎ立てる。
いつもならもうとっくに応急手当を出来ているはずだ。彼は、りゅーの動きに気付いたのかもしれない。
「どうしたんだい」と、えんまが中に入ってきた。
りゅーは入口のすぐそばの壁をざっと眺めると、高い所にあるレバーを引くように指示し、えんまは従う。
「ドアが閉まっている!」
最初に異常に気付いたのは、ジャスタスだった。
彼は布を投げ捨てると、何故か勝手に閉まってゆくゴールデンバットのドアに向かって
まっしぐらに走っていった。
再び飛び出たジェットに直撃されたチューヅは
すってんころりんと転がって「痛ぇーッ」と再び叫びがあがる。
「畜生!えんま君何故閉まっているんだ!しかもどうしてここに袋がある?開けなさい!」
ジャスタスは指を少しだけ開いた隙間に突っ込んで食い止めようと試みるものの、
そんな努力が功を奏すはずがないのは傍から見ても明らかだった。
えんまは口をぱくぱくさせて何か答えているのだが、滑車の動く音が意思の疎通を遮ってしまう。
ほとんど閉まったドアからはえんまの顔がかろうじてのぞくばかりで、後ろに居るりゅーの姿は確認できない。
耳の割れるような轟音と共に、重い鉄の扉が、ついに隙間を閉ざす。
「てめぇー!何をしやがった!」
いつのまに地面でもがくのから立ち直ったのかチューヅの腕が
その隙に逃げ出そうとする志斗の首を絞めつけた。
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