10. vs 颯路

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はるか遠くにブラックアイズの固まる姿を見て、わぁっと歓声が上がる。
避難したリヴリー達の見ているのと反対側に向かってピロロは駆け出していた。
ソウシを追いかけている途中で、小さなパラシュートが落ちていったのが見えたからだ。
落下地点の島を見極めて一気にワープすると、
上から降ってきた二人を受け止め、そして、しりもちをつく。

「おねーちゃんっ!」

「はわっ!」

おじょうは腕を伸ばし、ぎゅうっとピロロに抱きつき、離れようとしない。
ピロロは少し困った、でも嬉しそうな笑みを浮かべ、負けないように抱きしめかえす。

「もうどっか行っちゃだめだからね。心配したじゃん!おかえりっ」

「どっか行くにも程があるだろう全く…」

ピロロとおじょうの間でサンドイッチにされている狼月が、ぼんやりと添えた。
おじょう以上にげっそりした様子の彼にとっては、かなり厳しい戦いだった様子。

「はいはい、空の苦手な竜哉さんもよく頑張りまーした。」

「煩い猫娘。」

「本心からだってば。…ぷっ。ははははは!」

抵抗すらする気が起きないらしく、ぴくりとも動かない狼月がおかしくて、
ピロロは涙を流して笑い出す。
仲睦まじげな様子のふたりに釣られておじょうも飽きるほど笑ったのだが、
ふ、と奇妙な静寂が訪れたときになって

「おうち、帰る。」

と言った。
おじょうの顔はいつの間にか、もう寂しそうではない。
きょとんとした目が、彼女に注がれる。

「我儘言ってごめんね。
 おじょうはやっぱり、ばぁばの子供だったよ。」

狼月とピロロは顔を見合わせ、ひとつ頷く。















「…え?」

島に帰るなり祖母の大きな笑顔に出くわし
おじょうは箱庭の前に差し出された、
赤くてくちゃくちゃの顔をした生き物に目を丸くしていた。
まさか自分は置き去りになどされていなかったのだろうか。
いや、それ以前に
今言われたことは本当なのだろうか。

「予定よりも早く生まれたからびっくりしちゃってねぇ。
 娘も子供も、一時は助からないかと思っちゃったけど…
 ごめんねぇおじょう。予定が延びちゃって。
 寂しい思いをしたでしょう。」 

ばぁば、と呼ばれるおじょうの飼い主は
まだ整わない息をきらしながら、にっこりと微笑む。
きっとおじょうの頭の整理なんてすぐにはつかないだろうから
いくらでも考えていいよという顔だ。
うまく頭が働かない。
けれど、とてもとても嬉しい。

「ばぁばはねぇ、おじょう。
 私が退院すると決まったらすぐに家にすっ飛んできたんだから。
 もう一人のお孫ちゃんが、
 もうとっくにホテルから帰ってきて、おなか空かせてるって。」

横になったままで八重が、嬉しそうに言った。
八重はばぁばの娘さんだ。
おじょうが生まれた頃に離婚して、それからどんどん太って。
ダイエットすればいいのになどとおじょうは勧めていたのだが
あんなに太っていたのが嘘のように、今はお腹はぺったんこである。
やつれた声だが、幸せそうだ。

「しっかり者なんだから、5日くらい我慢できるわよって言ったのに聞かないで。
 どうせ東京から帰るんだから、新しいお洋服でも買ってあげなさいなんて言ってたのに
 すっかり忘れて、手ぶらのまんま。まったくお母さんたら。」

お洋服なんていらないよ。おじょう、平気だったもん。
おじちゃんとこで食べさしてもらってたの。
言おうと思った声は、声にならず。

ばぁばが、おじょうの箱の中に小さな腕を入れてみせる。
おじょうの知らない、初めて見る腕だ。
小さな爪。短い指。
柔らかくて、湿っていて、ふよふよで、おぼつかない。
おじょうの腕を掴んで、力強く握る。

「剛っていうのよ。
 難産を乗り越えた子だから、きっと強い子になる。」

飼い主が戻ってきてくれて嬉しい。
一人じゃなくなって、本当に嬉しい。
玄関に放り投げられたままのボストンバッグが、
几帳面なばぁばが整えもせずに放り出したパンプスが嬉しい。
けれど今は

「おじょうは、お姉ちゃんになったんだよ。」

その現実が、いちばん嬉しかった。