10. vs 颯路

page: 01.02.03. 04.05.06. 07.08.09.
「じゃじゃ馬だと知ってはいたが…よもや飛ぶとはな。」

「子供は風の子ですからー」

声を落とした会話が五番街の屋根の上を跳ねていく。
その中のひとり、狼月は天上に向かって目を細めた。

「とかく猫というのは面倒なものだ…どうも好かん。」

「えー?可愛いじゃないですか、よく伸びるし。」

噛み合っているのかいないのかよく解らない返事を返すのは、
栗毛の一つ結びをしゃらりとさせた若者、ソウシである。
困ったように人差し指を唇に当て、狼月と同じく天を仰ぐ。

「黒い子だから探すの難しいなあ。
 狼月さんのほうが夜目は利くはずだし、僕より早く見つけてくださいね。
 せめてチカチカ光ったりしてくれればいいのになー」

「クロメは光らん。」

蛍じゃあるまいし。
狼月がじと目になって言いかけたその時、
黄色に光る菱形が一対、ふたりの目の前に現れた。



ゴゴゴと地を這う低音が響き、近隣住民が顔を出す。
全長四メートルはあろうかという刺々しいシルエットが立ち上がった。
胴体と思しき箇所の左右からは、ブースター付きの翼が突き出しており、
すると胴の上についているものは頭で、
先程の謎の菱形は、

「眼…?」

「ヒャハハハハ!超猫型戦闘機ブラックアイズ様のお出ましだぜ!」

狼月の言葉を待っていましたとばかりに、マイクをキンキン言わせて男の声ががなる。
この頃ロボット事件が多発していると噂には聞いていたが、
ズバリそのものが目撃されたのは、ここいらでは初めてだ。
のほほんとした街並みから浮きまくっている巨大ロボットなんてものに
どう反応すべきか見当がつかず、体が硬直してしまう。

「ドラ○もんって、実用化してたんですねー、知らなかった。」

そんな中でソウシだけは心底感じいった様子でそれを見上げると、
相方の考えるのも待たず飛び上がった。
振り払おうと体を傾けたブラックアイズだったが、
ソウシは風圧に煽られてふわり、と揺らいで着地する。
綿毛のような軽さ。オオツノワタケの特徴である。
鞠の跳ねるような跳躍を見せ、突起の多いブラックアイズの体をとびまわる。

「斬れるかな、そいっ!」

プレートとプレートの隙間にぐさりと刀を刺してみたが、華奢な日本刀一本では
火花を散らしただけで歯が立たない。
もっと奥まで、と思い手首を反してみるが、

「待て、ソウシ…!」

と、狼月の声が届いたので仕方なく刀はひゅうと空を切る。



「クロメのおじょうとクロメのロボット…偶然の一致ではあるまい、まさか」

嫌な予感がする。
動きを止めたソウシは今度は簡単に弾き飛ばされ、
またしてもふわりと狼月の隣に舞い戻ってきた。
攻撃に面食らい、地面のほんの少し上をゆらゆらしていたブラックアイズが
やっと立ち直り、狼月達の居る屋根のあたりの高さに目線を合わせる。
まるで責めるように、ブースターから真っ赤な炎を噴く。

「だああっ危ねぇじゃねぇか!攻撃すんならコレ見てからにしろよ!」

拡声器の声はひどく怒り、
続いてロボットの胸部が開いてアームがせり出してきた。
武器か、と周囲に緊張が走ったが、
その先端にくっついているのは声を限りに叫ぶ、小柄な形だ。

「おじちゃーん!助けてーっ!」

涙でぐしゃぐしゃになった声は確かにおじょうのものだ。
靴の脱げてしまった脚が頼りなくぷらぷら揺れている。
人質の姿を高々と見せつけながら、ロボットは勝ち誇って飛び始めた。

「俺様に手出しをしようもんならなぁ、このガキの命の保証はしねぇ!」



「おじょうちゃん無事みたいですね!良かったー」

のんきなことを言いながら再度飛びかかっていこうとするソウシを抑え、
「何処が無事だ」と吐き捨てる。
狼月は左手をメガホン代わりに掲げると、腹の底まで空気を吸い込んだ。

「矢張りお前だったかチューヅとやら!
 近頃アンケートパークだの城門前だので
 下らん騒ぎを起こしているのも大方貴様の仕業なんだろう。
 子供を手に掛ける卑怯なやり口がそのままだ!」

ロボットは口の無い顔を震わせて愉快そうに笑った。
俺らも有名になったもんだよなぁと、うそぶく。

「卑怯でもらっきょうでも上等だ!
 悪ぃが手段は選ばねぇぜぇ…てめーらはどうしても許しちゃ置けねーからなァ!」



「許せねぇのはこっちだというに…
 奴は何を言っているんだ…?」

ロボットが何か言う度に襲いかかる気配を見せる
ソウシの後ろ襟をしっかり掴みながら、狼月は首を傾げた。

「理由はやっつけてから聞きましょうよ。
 周りに気を使わず戦える場所も用意されたことですしね。
 ほら、あそこ。きっとピロロちゃんだ。」

屋根の上から、がらんとした周囲の様子が見える。
夜だから、というのではない。
島々の群れから西側に目を向けると、避難する群衆が
ある一点の光にに導かれるようにして動いている。
きらきら瞬きながら尾を引く、白い点。

「starの誘導灯か。考えたな猫娘。」

「つまり、僕らは思う存分暴れていいってことですっ」

ソウシは素人並みの無作法な構えで刀を振り回した。
勝算でもあるのか、巨大な敵を前に興奮しているのか、
さっきから足が落ち着かない地団太を踏んでいる。

「…今夜はやけに暴れたがるな。」

「だーって!」

ぐいぐいと狼月に引き直されながら、ソウシは身をよじって振り向く。
虫取りに行きたがる少年のように瞳が輝いているのが
夜目にもよく分かった。

「にゃんこさんの弱点、見つけちゃったんですもーん♪」