10. vs 颯路
「そろそろ店じまいだよっ」
真っ赤に焼けた太陽が沈み、紺色の夜が空を埋め尽くした頃。
鳴き始めた虫たちの声が寂しげに響く喫茶の表、
ピロロは左右に目を走らせ、店の前のベンチにうずくまるおじょうを見つける。
「もう暗いけどどうする?
此処の裏に止まっていってもいいよ?アタシもミラさんもいるし。」
近づいて隣に腰掛ける。
遊び疲れたのだろうか、てんとうむし座の斑点を数えながら
うとうとしていたおじょうは、ピロロの申し出にゆらりと頭を上げた。
「おじちゃんちじゃないの?」
眠たそうな声色で問い、答えを待たずに
「おじょうはおじちゃんちじゃないとやだ。
おじょうはおじちゃんの子供だから。」
興味を失ったように、また星を数え始める。
ピロロもいっしょに星座に目をやりながら、
おじょうのひどく寂しげな声の意味を読み解こうと苦心する。
「竜哉はおっかないよー。酒飲むと、人斬りたいとか言い出すんだよ。
本当に竜哉の子になりたいのかな?」
おじょうは力いっぱい頷く。
「寂しくない?」
もう一度頷く。
投げやりな勢いで。
「お家、帰らないの?」
「なんで?ピロロちゃんはあたしが嫌いなの?おじゃま?」
「そうじゃないけど、きっと飼い主さんが心配して…」
「うそつき!」
ずきん、と痛いくらいにピロロの胸が打った気がした。
おじょうが力いっぱい、ベンチの座面を叩いたからだった。
「心配してるわけないよ!
お出かけするっていって、そのまま居なくなっちゃうような飼い主なんだよ。
2月のうちに帰ってくるって、指きりしたのにだよ。
お留守のまんまの家になんか、もう帰りたくない。
ばぁばはおじょうのこと大切じゃないんだ!
だからおじょうもばぁばなんていらないっ!」
今までの落ち着きが嘘のように、
ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出した。
殆ど絶叫と言っていいであろう大声で喚くと、
おじょうは泣きじゃくりながら走り出してしまう。
「はわっ!ちょっと、待ちなよっ!」
「離せよ!ばぁば嫌い!みんな嫌い!だいっきらい!」
ピロロも立ち上がり、はしこい彼女はすぐにおじょうを捕まえる。
胴を掴んで抱き上げ、なんとか店内に連れ込もうとするが
びゅう、と音を立てて足元から突風が渦を巻いて吹き上がった。
おじょうは首に巻きつけていたストールを解き、
風に乗って空高く舞い上がる。
怖い。
足が地面を離れた恐怖と、腹部に穴の開いたような違和感とで
眩暈がしたと思った瞬間、ピロロの手はおじょうを離していた。
「…ったあ…」
目をつぶってしまっていたせいで受身も取れないまま
地面に尻餅を付いたピロロは、捻った足首を押えながら
「おじょう、ちゃん…」
無数に光る星に紛れ込んでしまったおじょうを見送る。
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