10. vs 颯路

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「珍しいな。あんさんが子供連れ歩いとるの。」

「知りあいだ。
 市で怪しい奴に目を付けられていたようだったから、気掛かりでな。
 何か事情があるのやもしれん。」

狼月は体を起こし、ミラに出された緑茶を飲み干した。

喫茶『雪桜』 の店内。
昼の忙しさを過ぎた店内に点々と散らばった客が
思い思いの場所に腰掛けている。
例えばそれは、机に寄りかかって深い紫の髪を結わえる
美人の女店主…ミラであったり、
にこやかにおじょうをあやしている
整った童顔の愛らしいオオツノワタケだったりする。

「お嬢ちゃん可愛いね。僕ソウシ。お名前はなんていうの?」

「おじょうの名前はおじょうだよ。にへー。」

「なんのこっちゃ。」

ソウシの線の細い手が、頭巾を外したおじょうの桃色の髪を透く。
おじょうは撫でられて嬉しそうだ。喉を鳴らしている。
狼月はなんだか塞いだ気分になって目をそらした。
ソウシの手が成してきたことを、おじょうは知らない。

「怪しい奴?」

ととっ、と、軽い足音を立てて、厨房からピロロが顔を見せる。
どこか大人になりきっていないような顔立ちの、ピグミーの少女だ。
身にまとう軽装や空色のショートヘアに似つかわしい、快活な声音。
狼月は一度頷いて、

「ガスマスクにくすんだ緑のハナアルキだ。
 かなり小柄だが、あれは餓鬼にできる仕業ではなかろう。
 そこそこ喧嘩慣れした動きだった。」

「チューヅっていうんだ!
 いい奴なんだけど、最近みょーなこと始めてさ、あんまりおじょうと遊んでくれないの。」

「遊ぶ…って…
 友達なのに攻撃してきたの?どーいうこと?」

「いいんだ、おじょう、きらわれたって。おじちゃん達がいるもーん。」

投げやりな言葉に反発したくなったピロロは口を開いたが、
狼月が手で合図して、小声で、さっきからずっとあの調子なのだ と言った。




「狼月竜哉…」

ジャスタスは墨をすり終えると、苦々しげに呟いた。
目を瞑ったまま、手はひっきりなしに書きものをしている。

文字の羅列は狼月の履歴、強さのデータなどなど。
集められる限りの資料を心眼を使いながら集めているのだ。
書かれた文字の線は多少斜めになっているものの
視界抜きで書かれた文字にしてはなかなか綺麗な文字だ。
器用なものである。

「随分厄介なのに連れてかれたもんだ。
 取り返しにいくにはちょっと手ごわすぎる気もするが…」

「そりゃ凶厄のときだって一緒だろ!
 どうせ後で勝ったことにするんだ。」

何をそんなに激昂しているのだろう。
ジャスタスはただならぬチューヅの様子に、
訝しそうに目を顰めた。

「死んジャタら意味ナッシングダヨー」

いつになく不安そうな声で、ドルテが言った。
黄色い目を潤ませ、イケイケドンドンの多い彼女にしては、珍しいことだ。
しかしチューヅは聞かなかった。

「てめーに口出しされる義理はねーよ蜘蛛女!」

「おい君!ドルテを侮辱するのはこの僕が許さんぞ!」

「うるせェ!」

手首を掴んだジャスタスの手をぱしっと叩き落とし、
燃え盛るような闘志をかっと熱くして
ふたりを黙らせた。
誰も、何も聞けないまま、彼は唸るように

「任せとけ。あの野郎どもとは、やりあったことがあるからよぅ…
 俺の面子の問題だ。俺のやり方で行かせてもらうぜぇ。」

足音を高く鳴らして、歩いていく途中で
ふぉん、と音を立てて姿を消した。

「チューったら、あんなにはりきってる。
 なんだかぼくまでうれしくなっちゃうよ。」

手を胸の前で叩き、浮ついた声のえんまと対照的に
ドルテは肩を落として彼を見送った。

「ヤーナ予感するヨゥ…」