10. vs 颯路
人ごみを切るように歩いていくヴォルグが居る。
鋭い眼光と黒ずくめの衣装。
休日のまっ昼間だというのに、彼は依然として光を吸収し続けて
日光にさえ抗っているのだろうか。
見知らぬジュラファントに肩をぶつけられる。
目を向けると、ヴォルグよりはるかに大柄なはずのジュラファントは
ぎょっとした表情になってそそくさと離れていった。
化け物じゃねぇんだから。そっと呟くが、まぁ確かに狼月という男は
蚤の市に訪れる、
後から後から湧き出てくるような人ごみの中すべてを見渡しても
並であるとは言いがたい部類に属している。
勝手に開いていく道を、開かれるままにぶらついていた狼月の目に
ふと愛媛みかんの箱がひとつ留まった。
みかんが食べたかったからではない。
その中に見覚えのあるひとりの少女が入っていたからだ。
「おじちゃん!」
雑踏に並ぶ屋台と屋台の隙間にちょこねんと
正座で座っていたクロメの少女は、狼月の姿を見るなりわかりやすくはしゃぎだす。
方や狼月は眉間の皺をさらに深め、つかつかと箱に近寄ると
そこに書かれた文字を目を細めて眺めた。
文字を習いたての子供の字で、こう書かれている。
『おじょう、うります』
「お客さん、お目が高いザマス。」
おじょうはそう言って、にっこりと
子供らしからぬ営業スマイルを浮かべてみせる。
「いくらだ。」
「はぁい、お買い得でございますからー。
そうですねえ…500ddでいかがでしょう!」
これは、デパートの物売りを見て覚えた口上なのだろうか。
勿体をつけて言い放たれた値段を聞くなり
狼月は(彼にしては手加減したつもりなのだが)
景気のいい音を立てておじょうの頭を殴ってしまった。
「この阿保。世間じゃ黒巻貝だってもっといい値段するだろうに。」
「あーいーたーっ!ばぁばにも殴られたことないのにーっ!
おじちゃん、500ddの価値を知らないね!?
うまい某がいくつ買えるかね聞いて驚くな50本だよ!?」
「やれやれ、いまどきの餓鬼はものの価値ってものから教えなければならんのか。」
「なにそれーっ!」
ぶんぶん両腕を振り回して殴りかかろうとするおじょうの頭を押さえつけ
お転婆はこれだから、と溜息をつく。
狼月にお洒落だどうのはよく判らないが、
客観的に見て、おじょうはなかなか可愛い。
そして服装も色合いも、どう見たって箱入り娘だ。
こんなところで質の悪い輩にでもつかまってしまえば、どうなってしまうことだろう。
みかん箱の中に置かれたぱんぱんのボストンバッグについては
狼月は何も言わないことにしたけれど。
紫と紅のこぶし大の結晶をひょいと放って寄こすと
狼月は軽々みかん箱を抱え上げ、
「拾ってやろう、家出娘。つりは要らん。」
いい刃物でも探そうかと思って出てきたのだが――
面倒なことになりそうだ。
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