10. vs 颯路

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ソウ。
風の中から、自分の名を呼ぶ声がする。
どうやら狼月はうまくやったらしい。
おじょうを助けるまでが彼の仕事なら、ソウシの仕事はブラックアイズを倒すことだ。
彼はからからの喉から、あくまで快活そうな声を絞り出す。

「あなたになら本気を出しても良さそうだ…
 スピード、上げます。ついて来られますかっ!」




これまでの平坦な軌道が嘘のようだ。
地面から民家の屋根、そこからクモリンクの巣のある枝の上へ。
暗闇の中にぽつんと白く見える着物の背中は
ひと跳びごとに高さを変えながら逃げていく。

「待ちやがれ!」

上下する標的に狙いがつけられない。
ぎりりと歯を食いしばるが、当てずっぽうにミサイルを撃つなんて
そんなことをしたら、街を破壊してしまうではないか。

「まだまだ…ですね。
 狼月さん、が…ガッカリ、してますよー?」

「んだとコラぁあああ!?」

息切れを見せつつも余裕を失っていない様子の相手に苛立って
チューヅがアクセルを踏みしめると
コックピットにドルテのキンキン声が響いた。

『Wait、ソイエバ狼月はドコ行った!?』

はっとして彼がコントロールパネルを呼び出すと、
確かにアームの先が損傷している。

「まさかてめぇ…囮か!?」

「ふふっ、もう人質を気にせず追ってきて下さい。さあ!」

目の前に立ちふさがるのは双子の木のてっぺんに立って手を叩くソウシ。
追ってきたブラックアイズの勢いに煽られ、体が木のてっぺんからゴム鞠のように弾んだ。
体が宙に放り出され、無防備になった彼に向かって
ブラックアイズがアームを伸ばす。


あと1m。50cm、30cm、追いつきそうだ。10cm…ガキン。
あと数センチアームが長かったら届いていただろう。
だがブラックアイズの大きな翼は双子の木の間につかえてしまって
だった僅かの距離を埋められなかった。

「げっ!マジかよ…!動け動け動けっ!」

押しても引いても抜けられない。
無事に着地して得意気なソウシの笑みに挑発されてギリギリと幹をしならせ、
関節を不自然に回して必死で足掻くブラックアイズだったが、
努力も虚しく空回りするエンジンが火を噴く。
黄色く光っていた目が赤く点り、それは遂に動かなくなった。















爪先に地面の感触。相変わらず綿のような軽さで、ソウシは着地した。
双子の木の上からは、まだ彼を捕まえる気でいるかのように
ブラックアイズのアームがだらりと下がっている。
もう用の無いそれから顔を逸らし、さあ元の島に戻ろうとワープの呪文を詠唱しようとしたとき
機械を通した声がザラリと耳を擦った。

「…ムカつく野郎だ…
 …雑魚は叩き潰さなきゃ気がすまねぇってか。」

「正しくは、平和を乱す雑魚は、ですね。」

人差し指を立て冗談めかしてみたのだが、
ブラックアイズは本当に怒っている様子で
雑音だか唸り声だかわからない低さで

「……よく言うぜ…先にコケにしてきたのはてめーの方だってのによォ。
 「『囮さん』に囮で対抗してくるたぁ、洒落たマネしてくれんじゃねぇか、沖ソウシ……!」

「え?」

名を呼ぶ声には、必要以上の憎しみが篭っていた。
職業柄、因縁をつけられる機会はごまんとあるが、
こんな言葉は大概、被害者の口から発されるものであり。
だが、ソウシは囮なんて雇った覚えも無い。
こんなロボットもこんな声も、全く知らないのだ。

「待って。僕はあなたと初対面なんですけど…?」

返事は無い。

「あの、本当に何のことかさっぱり分からないんですけど。
 何か勘違いしてるんじゃないですか、人違いとか。あなたは誰です?」

「……自分の胸に聞いてみろ…馬鹿にしやがって……」

「え!?ちょっと…にゃんこさん、あなたは誰なんです!?にゃんこさん!」

赤い目の光がふつりと消え、そこで通信は途切れる。