10. vs 颯路
「なっ!ばっ!ねぇよ!俺のブラックアイズに弱点なんざあるわけねぇだろ!」
「はずかしがることないよ、だれにだってダメなとこくらいあるさ。」
コクピットの中では、チューヅがムキになっていた。
必死で弱点の存在を否定しようとするも、
マイクがキンキンハウリングを伝え、外にはほとんど伝わっていない。
そんな彼をなだめるように、穏やかな相棒の声が、アジト本部から慰める。
全く慰めになっていないのはともかくとして。
相棒の声に、ライバル(とチューヅは思っている)ドルテの
割りと役に立つメッセージが続く。
「ブ殺される前にブ殺しチャエばno プロブレムダ!」
そうだ、慌てている場合ではない。
こうしている間にも、ソウシがコクピット目掛けて飛びかかってくるのだ。
「偶には良いこと言うじゃねぇか、蜘蛛女!」
チューヅはマイクを切ってから呟くと、
レバーに体重をかけて旋回をはじめた。
「めーん!」
振り払ったソウシの居所を確かめようと体を捻って頑張るブラックアイズの前に、
ぴょこりと笑顔が現れる。
頭を上げると、小さな刀で額を叩かれ
「僕、足が速いんです。見てて下さい!」
今度は耳の上に乗っかって、背中を滑り降りて逃げていく。
チューヅは高度を落とし、ソウシに追尾しながら迷わず赤いボタンを押した。
何とか翼に掴まって落下は免れたものの、
猛烈なスピードで飛び回るブラックアイズの翼の上は、
ジェットコースターの先頭に逆さまにくくりつけられたに等しい。
ここから胸部へと移動し、おじょうを助ける。
ただそれだけのことなのだが、
「た、高い…」
顔の横をびゅうびゅう吹き抜けていく風。
現在の高度を想像するだに恐ろしい。
侍は空の生き物ではないし、いや、それ以前にヴォルグは飛べないのだ。
背中に背負った大剣が重い。何も動かなくても自然と下の方にずり落ちてゆくのがわかる。
幸い、それで勝手におじょうのほうに近づいていくから、体は滑っていくに任せる。
ソウシがおとりになってブラックアイズをいいように動かしてくれているのだろう。
ひとまず、飛行は高度も速度も安定していて、一応しがみついていられる程度ではあった。
癪ではあるが、今のところはソウシに任す以外に道はない。
近くで爆発音がして、嫌々ながら下を見る。
小ぶりのミサイルのようなものが、気の抜けそうな風音を立てて飛んでいく。
もし今手を離しでもしたら、あれに腹をぶち抜かれながら
あの世へのハイウェイロードをまっしぐらすることになるのだろう。
「もう御免だ…」
「っと、」
ロボットの中から、くぐもった声が漏れた。
迂闊なそれは、意識しないで発せられたものらしい。
「あんまし遠く行くんじゃねーぞ!さもねぇと島いくつかぶっ飛ばしてやっかんな!」
連なる島々の上を、ソウシは飛び石を跳ぶように駆けていく。
ここは住宅地ならぬ小島の密集地帯。
空中ならともかく、地上で暴れるには狭すぎる。
成る程、ロボットはおじょうだけではなく近隣の島々をも人質に取っているというわけだ。
「…おぁ、」
また小さく声。
ソウシが曲がるといちいち慌て、自分も必要以上に注意深く曲がる。
高度も絶対に下げない。
あたかも、アームの先の人質が揺れを感じないように
地面に当たらないように頑張っているかのように。
ソウシの読みが当たっているなら、
ブラックアイズは、おじょうを傷つけるつもりは無いのだ。
そろそろ汗を吹き始めた肌がふっと笑む。
「やっだなーそんなことされたら、歯が立たないじゃないですかー!」
振り向きざまちらりと振り返るが、黒い狼月は黒い機体と黒い闇に紛れて
どこに居るのかも分からない。
順調に事が進んでいることを祈りながら、ソウシは再びカーブを切る。
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クロメの胸からぶら下がっているアームに手が届く。
狼月はそれを握りしめ、出動する消防士のようにするする伝っていった。
先端に達すると、彼は落下しないように、必死でおじょうを力一杯抱きしめる。
「おじちゃん…!怖かったよぉ…!」
「もう大丈夫だ。」
相手を安心させるために抱き締めているのだ、と恐怖を誤魔化しながら
胸に顔を押し付けてくるおじょうの体に剣の帯をしっかりと巻きつけ
「落ちるなよ。」
恐る恐る片手を離して剣を引き抜く。
胴を腕ごとひとくくりにしている金属の枷を何度か突いて壊す。
「ソウ、こっちは終わっ…!」
叫んだ拍子、再び背中に戻った剣の重みでバランスが崩れ、
狼月とおじょうは空中に放り投げられた。
飛行していたところから落ちたのだからとんでもない。
勢いがついて何もかも滅茶苦茶に見える。
こんな高さから落ちたら終わりだ。風が頬を打つ。
人生の走馬灯がよぎる。
そして体がばらばらになって…浮いた。
狼月が薄目を開けると、落下する世界はもう無かった。
剣の帯だけが狼月の体を支えていて
上を向くと、めいっぱい広がったストールが風を受けているのが見えた。
おじょうが飛んでいる。
ブラックアイズは思いのほか高くを飛んでいたようで、
そこからは空と海の混ざるあたりまで見渡せた。夜を映す水面。
その上に点々と島。暗く眠る島もあれば、灯りの赤く点る島もある。
視界一面に星空が広がっているみたいだ。
「きれい、だね。」
おじょうが笑う。
「おじちゃん、あ、り、が、と…」
彼女の声が遠のいてゆくと同時に、狼月の視界はぐらりと揺れた。
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