「どうもありがとうございました、それじゃああの、その」
「…?」
「…ドン・コバルトに、よろしく。」
長い長い列の一番最後で、おそらく一番待たされただろうアオイトの女性は
陳情を終えると弱弱しい微笑みとともに言い残し、ぺこりと会釈の後去って行った。
やはり、あんな首領でも何かしらのカリスマはあるのかとフランベルグは思う…
…仕事を放ってタバコを買いに行って、しかもまだ戻ってこないヤクザな首領だとしても。
先に帰ってきたパオロ曰く、コバルトは水に落下して羽が濡れてしまったらしい。飛べば一瞬の道のりも、羽が使えなければそうもいかず、のこのこ徒歩で移動する羽目になっているのだそうだ。空の王者、オニヤンマともあろうものが墜落するとは珍しいが、だいたい何が原因かの予想はつく。
もう午後も暮れというころだ。噂をすれば、ゆらりと細身の影が、疲れた瞼の上に伸びてきた。
「…タバコは買えたか、首領。」
悠々と帰ってきたコバルトを、フランベルグは怒るでもなく無愛想に出迎える。
素晴らしい重要任務にコバルトが奔走(徒歩だが)している間、フランベルグは玉座に畏まって困った部下たちの要望陳情を黙々とこなしていたのだ。結局、コバルトよりも多くのアオイトをさばききったというのに、彼からはねぎらいの一つもない…直属の部下ならともかく、名目上はオニヤンマ同士の対等な関係。首領補佐というのはいつも損な役回りなのである。
人当たりの悪いらしい目つきをいっそう恨めしげにしてフランベルグが目をやれば、当の首領は真新しいタバコを口にくわえて、どこかに思いを馳せていた。
「…蜘蛛にもエキセントリックなのがいたもんだな。」
取り出したジッポーをチカチカやるも、湿気っているのか火花も散らず
今度は自分がチッと舌を鳴らす。
フランベルグが黙って自分のライターを差し出すと、当然のように顔を近づけて火を取った。
「…ドルテだ。南のほうのアルゴルの姪。かなり手を焼かせていると聞いたが…」
「ああ、あの噂のお転婆ガールだろ。」
知っていたんじゃないかと脱力しながら椅子をあけると、のっしと横座りになって、背もたれに片足を乗っける。フランベルグは立ち話をしなければならなかったが、椅子ごときで無駄な争いをしたくないのだろう。彼は、黙って脇に控えていた。
「何か言いたげだなフランよぉ」
煙を吐きながら、コバルトが口を開いた。
「皮肉なんざお前らしくねぇぜ。はっきり言えや。
ほんとは、俺がドルテにパーミッション与えに行ったのが、気にいらねぇんだろ。」
ぐるりと体を捻ってひじ掛けに頬杖をつくと、からかうようにフランベルグを見上げる。
しかしフランベルグは、自分には全く関係ないとでも言うかのような冷めた表情のまま、玉座に寄りかかっていた。
「…いや。クーデターって言葉が出た時点で、貴方が許可するのは目に見えてたし。」
コバルトは「ほぅ」と相槌を打った。まだ何か催促するような声音だ。
無関心を貫いていたフランベルグだったが、一度目が合ってしまったのを機に
「……これだけは訊いておこう。失敗したらどうするつもりだ。」
あくまでトンボの副首領としての質問であることを匂わせながら、したり顔の相手に問う。
コバルトは上機嫌で、胸一杯に煙を吸い込んだ。
「成功なんかするわきゃねーだろ。
あのな、俺は下らねぇクーデターなんかに投資したんじゃねぇ。
あの娘のフューチャーに投資したんだ。
ガキのくせに、いい顔をしてたからな。フロンティア精神に満ちてる。
おまけに、そういうアンビシャスのある奴が、アルゴルの身内と来たもんだ…ファニーだろ?」
牙を噛みしめてクックッと笑う。種族を問わず、はぐれ者を見染めていっぱしのギャングに育て上げてきたコバルトにしてみれば、跳ね返り者を見ては腕が鳴って仕方がないのだろう。
だが、同じドルテをアルゴルならどう見るか?
狡猾な蜘蛛族の首領は、全力で反乱分子を叩き潰しにくるに違いない。
「そしたら、そこを俺様が拾って、育ててやってもいい。
ドルテか…ビッグなスメルがぷんぷんするぜ。」
どんな未来図を描いているのか、貰ったも同然と舌舐めずりでにやけるコバルトに
フランベルグは半ばあきれてすらいたが
「…貴方は誰にでもそう言うんだな。」
「事実、俺が拾ったフランベルグって野郎がビッグになっただろうが。え?」
妙に自信満々に言われてしまっては言い返すわけにもいかず、
やれやれとため息をついた。
「…コバルト。もし、万が一成功したら、どうするつもりだ。」
「そりゃあな、フランベルグ
おふざけでなった城主なんざ、イージーに始末できんだろうがよ!」
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