「こっちだ」
と、フランベルグは地面を蹴り、その長身をいとも簡単に宙に浮かせた。
空を飛べないドルテをパオロが抱き上げ後に続くと、アオイトたちが周りを遠巻きに囲みながら、珍客を物珍しそうに眺めていく。
済んだ水面に、浮かんでいるのはミニハスやウキクサの類。さすがにGLLともなると、生活が豊かだとドルテは思うが、蜘蛛の彼女にこの場所はいささか明るすぎた。
さて、ミニオニバスの群生地に差し掛かれば、その葉のひとつひとつにヤゴやヤンマの類が座り、まるで何かに行列しているような奇妙な光景が広がりだす。なるほど、その中に紛れるように浮かんでいる浮島には黄金のグリフォンをあしらった玉座がひとつ鎮座していて、ひときわ大きなオニヤンマが一匹、ひじかけに腰掛けて足をぶらつかせていた。
かなり長身の体つきは、トンボの例に漏れず細身で洗練されていたが
彼は加えてかなりの威圧感をモノにしており、一番偉いらしいことは一目で見てとれた。
黄の筋を入れた深緑の髪は後ろに流し、風除けらしいゴーグルはぶすくれた目の上に止めてある。しかし、暇そうな彼の態度に反し、目の前にはずらりと部下たちが並び、めいめいに自分の要件を陳情していた。
「ドン・コバルト!うちのヤゴ達がまだ食べ足りないと言っています!」
「ドン・コバルト!西側10ヘクタールの水が詰まっているんですがどうすればいいですか?」
「ドン・コバルト!絶対今のホームランでしたよね!?」
「ドン・コバルト!門衛でアイツと一緒とか嫌なんですけど…」
「ドン・コバルト!」
「大好きですドン・コバルト!」
「こっち向いてくださいコバルトの兄貴ー!」
「食糧関係の文句はフィリップに言え。明日のメニューが何かは俺は知らん。
浄水関係もスプランダーの管轄だ。もう三回目だぞてめぇコラ。
何、草野球の決着がつかねぇだぁ?知るか…
門衛のシフトは…俺のことはドンと呼べつったろうが!!」
低い声で黄色い声たちを捌いていたオニヤンマのボスは、満面の笑みで飛びついてきたトンボの頬に渾身の右ストレートをぶち込んだ。恍惚の表情で墜落する哀れな部下を、周囲が悲鳴を上げながら避ける。コバルトはついに痺れを切らした。椅子の上に立ち上がり、肘掛どころか背もたれに片足を乗せて、ぐるりに向かって気炎を吐く。
「いいかてめェら!俺はてめぇらのママじゃねぇんだ!
あんまり下らねぇクエスチョンには付き合えねぇし、議論してる時間もねぇ!
なんでもかんでも持ってくんじゃねぇ!
イカレ蜂のブラッキーだってこんなに酷くはなかったぞ!」
大迫力のどなり声に、アオイト達の間から今度はくちぐちにごめんなさいのさざ波が起こる。そこを割って、フランベルグが舞い降りていった。
「…相変わらずの人気だな、コバルト」
静かながらよく通る声に宥められてか、コバルトは大きく肩を落とすと、そのままずるずると背もたれに沿って沈み込み、下方から鋭い目線で仰ぎ見る。
「なぁフラン、前任の手前に聞くが、首領の仕事ってのぁオペレーターなのか?
それともここはキンダーガーデンなのか?
最強モンスターのオニヤンマ様がなんでこんなファッキン事務仕事に時間使わなきゃなんねぇ?いくらここがシェルターったってよ、コイツらぬるま湯に浸かり過ぎてんじゃねぇのか?」
マシンガンのような愚痴を持て余す若い同僚に代わり、答えたのはパオロだった。
「ここは幼稚園じゃねぇが、マフィアでもねぇち。
優先でヤゴやアオイト連中を連れてきたんだからなおさらじゃ。
骨のある奴を見出そうちゅうのがそもそも間違ぅちょる。
それにもう一つ。いくらウチらが強かろうと、最強はクイン閣下じゃろうが」
その通りだ、と追ってフランが諭すと、コバルトは不満げに
今は二匹のヤンマの後ろにこそこそ隠れるアオイトたちを睨んだ。
顔を歪めた拍子に、額からゴーグルがすとんと落ちる。
「じゃぁせめて俺の管轄の仕事を持って来いよ…
首領の担当は承認だろ?俺がエレガントに就任してから、
このスタンプを押した回数知ってるか?オンリー3回!3回だぜ!?
…何だそのオンナ」
はじめてコバルトの目が向いたのを察して、
「Hi!」
ドルテは即座に、一番キュートに見えるポーズをとってみせた。
ゴーグル越しの視線が彼女の顔に、そして胸に向き、硬直する。
フランベルグも同じくドルテから目をそらし、困ったように
「…貴方の欲しがってた”管轄の仕事”だ」
と、答えた。
BACK