「おい、そこのガール!」
ぶん、と風を切る音を耳にし、パオロは視線を前方から少し下ろす。
眼下のミズアシをざわめかせ、進行方向に割り込んできたのは他ならぬコバルトだ。
「…来ると思うとった。」
にこりと微笑み、彼はホバリングの体制に入ると
腕の中の蜘蛛の少女をほれ、と差し出してみせた。
コバルトは鼻を鳴らして彼女を眺める。あくまで偉そうな態度は崩さない。
「タバコ買いに行こうとしたら、てめぇらの姿が見えたからよ!
要求を退けたからって、俺様も無視を決め込んだわけじゃあねえ。
ずいぶん潔く引いたと思ってな。蜘蛛野郎とのネゴシエーションはいつも長引くもんだ。」
「ダッテ、Noナンデショ?」
すっかりドルテはしょぼくれていて、暴れもせずパオロの腕に納まっている。
八つの目で恨めしげに見つめると、コバルトは咳払いで切り出した。
「エグザクトリー!
だが、最後に聞いておいてやろう。お前はこの後どうするつもりだ?
世界征服どうこうとかほざいてたが、俺が許可下ろさなかったんだから
当然、計画はキャンセルするしかねぇよな。
安全にGLLに入るルートは、ここオンリーなんだぜ」
もちろん答えは決まっている。
「ドン・コバルトの許可が取れなかたのはショーガナイのこと。
でも、計画は止めるわけナイ。
ダメって言うなら、勝手に入って出てくしか無いダネ。」
「どっちにしろ入ってくんのかよ殺すぞてめぇ!!」
聞くが早いが、コバルトの手がドルテの首をひとつかみに引き寄せた。
彼が激昂しているのは明らかだ。下手すると噛み殺す前兆かもしれない。
早速おびえる彼女だが、パオロはまぁ聞きやと取り合わず、するとコバルトのほうは
「…だが、俺は馬鹿は嫌いじゃねぇ。」
と、言って、剥きだした牙で空を噛み、にたりと笑みを零した。
ギラつく彼の眼が怒りではなく、興奮の現れであるということが
パオロにはとっくの前から見抜かれていたらしい。おそらくフランベルグもそうだろう。
ドルテが目を丸く開いて見た二匹のオニヤンマの表情ときたら
まるでどっきりが成功したとばかりに、ひどく悪戯めいていた。
コバルトはなおも笑いを噛み殺しながら
「ウォーターグリフォンの抜け道はもともと、
俺がパークに侵攻するために部下のジガバチに掘らせた俺の道だ。
だから俺は、タガメどもよりよっぽどあの道に詳しい…
…途中にヒミツの分岐道があるってことも知ってるわけだ!
あの地下道に行ったのは、アンタのチームだったよなパオロ?」
「ああ。ちょうどWGPとクラシックの境目あたりじゃ。
黒土の土砂で埋めてある壁を掘ってみぃ。
ウチらの湖をぐるっと迂回して、そのままアメンボ公園に通じる地下道があるき。
あの隠し公園は、もともとタガメのシェルターじゃったけん。
それを見破ったウチの部隊は、あの地下道を通って先回り。
タガメの退路をばっさり断ったんじゃ…そのときのウォーターグリフォンのあの驚いた顔!」
懐かしげにくすくす語るパオロの顔は、壮年の男性どころか、かつてのやんちゃ者のそれになっている。
コバルトは得意げに2メートルほど上に上昇すると、空中に足を組んで座るような仕草で勿体ぶった。
「そういう訳だ!特別に俺らの抜け道を使ってもいいぜ!
ただーし!!やるなら思いっきりド派手にやらかせ!これが条件だ。
俺は馬鹿は嫌いじゃねぇし、ムチャクチャやらかす馬鹿どもは個人的には大歓迎だ!
俺が見て面白くねぇクーデターなんかしやがったら…
…おいパオロ!このバカを剥がせ!落ちる!」
ドルテはすでに、パオロの腕から飛び出して、コバルトの顔にキスの雨を降らせていた。
流石のオニヤンマも急に飛びつかれるとは思わなかったのか
バランスを崩して落下していく彼の後を、パオロが苦笑しながら救いにいった。
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