07. vs 幸江
「ご自分のほうかりゃ買っておいてれすね、
ひよいよとなったらいらないにゃんれ、ひろすぎるとおもいまひぇんか、ねぇ!」
リラはぐいと酒を煽るなり自分勝手に断言して、
空のコップをテーブルに置き、損ねた。
台に着かないうちに手放されたコップは床に落ち、割れずにそのまま転がっていく。
「そうだね、辛かったね。」
餌屋で泣きじゃくっていた見知らぬカンボジャクに
おせっかいにも幸江は声をかけ、
ろれつの回っていない舌で、訳のわからない言葉をたっぷり一時間聞かされた。
意味も時間も飛び飛びで聞きずらいことときたらヤミラジオ並みだったが
断片的に聞こえたことを繋ぎ合わせていくと
つまるところ、話は簡単。
彼女は飼い主に捨てられたのだ。
「辛いれすって?ったり前田のクラッカーれすよ。
ニンゲンってやつぁ…リムリーをなんらとおもっへるんれすか。」
この台詞ももう18回目になる。
人の良い幸江だから聞いていられたものの、
酔っ払いの相手など常人には務まるものではない。
大分長い間居座っているはずだが、危ない客だと思われているのか
店員すらも注意に寄っては来なかった。
カンボジャクは死んだように俯いたまま頭を揺らしていたが、
やおら動くと次のコップへ手を伸ばす。
「そろそろ止めておいたほうが良いんじゃないかな。
君がとても…その、大丈夫そうには見えないんだけど。」
幸江は酒のいっぱい入った箱を遠ざけ、
伸ばされたリラの腕をやんわりと押しのける。
と、彼の手に刺すような痛みが走り、
直後、カンボジャクに噛まれたことに気づく。
「放っといてくらさい!これが飲まずにいれれますか!」
それがあまりの剣幕だったので、
黙り込んでいるうちにうっかり箱から酒が出て行くのを許してしまった。
危ない、と思ったが時既に遅く、再び噛まれそうになって手をひっこめる。
美味しそうに飲んでいるとはいえないのに、どうしても止められないようだ。
今更一杯くらいで死んだりはしないだろう。
無理に自分を納得させて、
幸江はちびちびと減っていく酒のぶんだけ
あと一杯分だけ話を聞いてやることにする。
よしよし、と肩を撫でてやると、カンボジャクは安心したのか
再びわぁわぁと泣き出した。
「私は貴女が好きで好きで…嗚呼お母さああああん!」
先はまだ長い。
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