場外乱闘・前

page: 01. 02. 03. 04. 05. 06.リラの雷にいかほどの威力があるかは不明だが、これで暫くスウィーティーは使いものにならないだろう。
チューヅが一息吐いたのもつかの間、ゴム長靴の先が地面に届く前に、弾丸が背中を襲った。
体を回して減速はできたが、その弾は炎で真っ赤に焼けていて、布が焦げる臭いがした。
舌打ちをして、チューヅは次の標的に目を向ける。
本当に厄介なのはこれからだ。

「なぁーに余所見してんだァ?…戦闘の基本だぜェ、ヂューズ!」

リラが電磁砲のようなもので吹き飛ばされるのが、逆さまの視点に見えた。
雷の後の反動で抵抗できないらしい。吹かれた落ち葉のように転がって、動かなくなる。
どうせソンフィはこの隙を狙ってくるだろうとは思っていた。
リラにはチューヅが加勢するまで持ちこたえてもらいたかったのだが、楽観的過ぎたようだ。

「…チューヅだっつんだよ。」

1対1だ。スウィーティーを人質にする手もあるが、どうやら彼らは仕事上のみの関係のようで、脅しになるどうかかも危うい。
解っていることときたら、あと一発――当てられたら間違いなく沈むということだ。
さあ、どうしたものか。
着地してすぐ鞭を構える、が、すぐには攻撃しない。
チューヅは肉弾戦も出来ないし、魔法に頼るにしてもヒットが安定しているぶん、大逆転が難しい。
スウィーティーにしたように、技を最大限活用する場を整えれば勝算はあるかもしれないが
今のところ思いつく案は何もない。

「そりゃあ、すまねえ、なッッ!」

銃の腹で殴りかかってくるのを柄で受け止めるのが精一杯で、次の手が打てない。
ならば。

「…っ、/hammer」

せめぎ合っている銃と柄の隙間に、無理やり大きな質量が立ち現れ、強制的に間を確保できた。
えんまのものより小柄だが、こうして打撃する分には
チューヅは銃を握る指先に向けて木塊を振り下ろした。十分だ。
魚を握った時のように、銃がソンフィの手の中を跳ねた。チューヅは返すハンマーでそれを打ち落とす。
相手の武器を手に入れたところで、赤の他人が使いこなせるものではないが。
足元でぐったりと横たわるリラの口元に、銃身を押し付ける。

「取りに来いよ。てめェの獲物に傷がつくぜ。」

意識は朦朧としているのだろうが、リラは反射的に口の中の物を噛もうとした。
鋭い牙が金属を噛みちぎらないまでも表面に傷をつけ、木作りの部分を駄目にする。

「その女に触らせて、俺を反則負けにしようって算段かァ?」

傷。自分の銃。そしてチューヅ。ソンフィは金色の目を順に光らせて見た。
やがて、口元に悪意に満ちた笑みがじんわりと広がった。

「くはははははははは!笑えるぜ!
 しかもとんだ猿知恵だ!審判の居ない試合でまだルールを順守しようってか!」

大声で笑い飛ばすと、彼女はのしのし近づいて来て
チューヅが「言ったよなコラ!反則だぞ!」と叫ぶのも構わず
食われかけている銃をひったくった。
殴るように扱われた振動でリラがどさりと落ちる。彼女は小さな声で悪態をついたようだった。
ソンフィが続ける。

「あーあ!
 反則負けに頼んなきゃ勝つこともできねェ野郎を相手に、ついムキになっちまったなァ。」

天を仰ぎ、すっきりしたような、吹っ切れてしまったような判然としない声色で言い
その後チューヅをにらんだ表情で、それが後者だと確信させる。
それは一種異様な、化け物じみた酷薄さをもった笑顔だった。

「てめぇコラ!ルール守れよ!もう勝負は終わってんだろうがよ!」

内心勝てないと思いつつ、チューヅは悪あがきは承知で叫んだ。
ソンフィは意に介さない。銃口を向け、淡々と。

「試合とかそういうんは関係ねェんだよ。
 てめェがちっせェことに拘ってる時点でどいつが強者でどいつが弱者か見えたも同然だ。
 単純な力比べという意味で」

彼女は完全な優位に酔って、躁状態になっているようだった。
そもそも、審判役も兼ねていたスウィーティーを先に倒したのが間違いだったのだ。
勝ち負けの基準を失った時点で、これはもう只のリンチでしかない。

「俺の勝ちは確定だッ!」

がちり。
引き金を引く音がして
チューヅが記憶しているのは、ここまでだ。