ギュニア杯3日目午前:ちゅたろう vs 黒鋼刃
反射的に目を閉じたちゅたろうの頭に、彼女は考える前に頭突きをしていた。
砂まみれで転がるちゅたろうの姿が黒鋼刃には嘘のように感じられる。
何か自分以外の強い意志が勝手に動いて、無理矢理試合に帰還させられたようだった。
体中の筋肉が軋み、かっかと火照る体が、もっと暴れたいと叫んでいる。
(…これはチャンス、なんでしょうか?)
彼女は戸惑いながらもマウントポジションをとりに行く。
飛びかかり、一撃を叩きこもうとする。拳は地面に当たった。
迷いが出たのか、ちゅたろうが避けたのか。
様子を伺うように黒鋼刃が見やると、腕の端からちゅたろうは真っ直ぐ上を睨み膝蹴りに転じてくる。
黒鋼刃は下腹部の痛みに呻きながらも踏みとどまった。
彼女は牙を食いしばり、何故かにやりと口角を吊り上げる。
痛みに呼応して、戦意に火がついたらしかった。
掌がちゅたろうの顎を鷲掴む。ちゅたろうの鋭い犬歯が指を突き刺す。
膝が規則的に黒鋼刃を蹴り上げ、離れようともがく。
今やふたりの戦力に差は殆ど無かった。黒鋼刃とて気を抜いたら負けるだろう。
ぎりぎりと頭を締められ、膝蹴りも効果を見せないことに危機感を感じたらしく
ちゅたろうは剣を横一文字にとって、上半身の側から黒鋼刃を引き剥がそうとしはじめた。
黒鋼刃の上体が、押し返されて仰け反った。
ちゅたろうの上にぺたりと座るような体勢になり、脚を突っ張って、負けじと圧迫に耐える。
「…無い。」
一瞬、ちゅたろうの口が、息を呑む音と共に緩んだ。
剣を支える腕が僅かに引く。
言葉の先を聞き返すよりも、その隙に黒鋼刃の体が反応するほうが早かった。
彼女は全体重を両腕に掛け、自分の枷になっている剣をちゅたろうの胸に押し返す。
「/thunder!!」
そして、ちゅたろうが胸の上の剣に手を伸ばしたとき、金属の塊に電気を流し込んだ。
閃く視界。剣が真っ白に光る。
声にならない叫びを上げるちゅたろうと対照的に、
耐電制に優れたブラックドッグ種の体には力が漲ってきた。
増幅した活力が魔力を強め、相乗効果で雷撃の強さはどんどん加速していく…。
「…ちゅたろう選手、戦闘不能。よってこの勝負、黒鋼刃選手の勝利。」
すさまじい破裂音が鳴り渡るなか、フランツが不思議と静かに述べる声がいやに響く。
まるで頭の中に冷水を注ぎこむような冷徹さをもったその声で
黒鋼刃はやっと自我を取り戻し、丁度フィラメントが切れるのと同じように、はたりと放電を止めた。
「私、の?」
勝利?
倒した手ごたえこそあったものの、本能に任せて戦っていたことがなんだか途端に気恥ずかしくなって、
彼女は言い訳を求めるように審判の顔を振り返った。
フランツは眼鏡の端から優しげにも取れる小さな裸眼で、黒鋼刃が倒した相手を指し示す。
彼女の腕の中、ちゅたろうは気を失って、ぐったりしていた。
「これで良かったんでしょうか…?」
何故こんなに夢中になってしまったのか、自分でもさっぱり分からなかった。
黒鋼刃は呆然と呟いたが、腕の中のちゅたろうは重く、問いかけても返事はかえってこない。
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