ギュニア杯3日目午前:ちゅたろう vs 黒鋼刃
何故。
その二文字だけが黒鋼刃の頭に浮かび、
彼女の黒い瞳が、ぎらりとちゅたろうをスキャンする。
サンダルの踵を浮かせて踏ん張っているちゅたろう。
顔を顰めなければ立っていられないほどには食らっているようだが、
それでも大風の中でよく耐えている。
上体は完全に風に負けてのけぞり、膝下の素足は突っ張りながらも震えて。
そんな全身の中で、剣だけがどっしりと地面に鎮座していた。
(そうか…!)
納得しかけ、黒鋼刃は慌てて首を振る。
剣の重さでちゅたろうが吹き飛ばない、そんな推理は馬鹿げている。
だいたい、地面に刺さっているわけでもないのに
/stormを浴びてもびくともしない剣なんて重過ぎるではないか。
「うりゃあ!」
戸惑う間に、風に逆行する勢いでちゅたろうが一声叫び、剣を大きく上に振り上げた。
音を立てて重い剣を振り回すと、その勢いが若干/stormを相殺する。
さっきもそうやって土煙を切り開いたに違いない。謎がひとつ解ける。
風を起こすためのある種無駄ともいえる剣の振りの間をかいくぐり
黒鋼刃はちゅたろうの無防備なわき腹を狙った。
リーチが長いぶん、距離を詰めれば剣は弱い。
彼は右手を剣から離し、体を斜めに傾けてジャブを避ける。
何度か攻撃をかわしながら、それでもちゅたろうは攻めの姿勢を失わなかったようで
左手だけで剣を引き上げ、力任せに振り回す。
至近距離で打ち込んでいた黒鋼刃の背骨に、挟み込むように刃が叩きこまれ、
彼女はぎくりと硬直し、その場に尻餅をついた。
背骨を伝って、電気の走るような痛み。
目を上げればちゅたろうが最後の一撃をと、剣を振り上げる。
黒鋼刃にはその瞬間が、とてもゆっくりと見えた。
風をきる刃。
そして、刀身を両手で握る、黒鋼刃の手。
瞬間、彼女はひどく馬鹿な判断をしてしまったことに気づく。
咄嗟にとはいえ、刃物を素手で掴みにいったのだ。
下手をすれば指が落ちるかもしれない。
だが、鼻先に迫ってくる剣を押し戻すのでさしあたり今は必死で
手が使い物にならなくなるのを覚悟で、黒鋼刃は腕に力を込める。
「うわっ」
叫んだのはどちらだろう。
ちゅたろうの体が押されて後ずさり、黒鋼刃は地面に手をついて立ち上がる――
そこで何か違和感を感じ、黒鋼刃は自分の手に目をやった。
出血もしていなかった。
「よかった!」
ちゅたろうが言った。
勝利を逃した残念さのちょっぴり混ざった、しかし優しい声色だ。
黒鋼刃は何故だか、ちゅたろうに受けた最初の一撃を思い出した。
剣で斬られたにも拘らず、打撲のような痛みが走ったこと。
「もう終わっちまうのかとおもった。」
屈託の無い笑顔。
戦い慣れしておらず、つまり好戦的なわけではなく、
相手を傷つけたいとも思っていない、優しいちゅたろうの性格。
そこに、彼女の推理がしっくりと重なる。
剣が斬れなかった理由。
剣が不自然に重たかった理由。
ちゅたろうの剣がもし、斬らないための剣ならば。
剣の形をした鈍器だったというならば。
相手をできるだけ傷つけずに戦うための武器だったならば。
「…貴方らしい。」
黒鋼刃はぽつりと呟く。
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