天を向いた手足をじたばたさせる、その腹部に肘鉄一発。
全体重が一点にかかり、当然たまったもんじゃない、
ピンク色の血液が押し出されるように口から溢れだす。
「いたかったら、ゆって。」
えんまは妙に事務的な口調で告げると、マウントポジションをとり、目潰しにかかる。
元より切れ目の入ったそこは、ぐりぐりすることにより、一層黄みを増し。
下で喚く悲鳴は、濁点つきまくりで、お嬢のものとも思えない。
「え、えんま、ちょいヤり過ぎじゃねぇ…?」
命令しといてビビってしまったチューヅが上から指図する。
と、指の力が弱まった。ジュジュはぐねり、と体をうねらせ、えんまをはたきおとす。
「隙ありぃ!」
縫い合わされた目は千切れ、文字通り血の涙がどばどばである。
「やってくれたわねボクぅ〜」
可愛い以前にもはや正視できないその顔をニタリと歪ませて
ジュジュは下から見上げるえんまの顔にハンマーを振り下ろす。
密度の自然法則を明らかに破った重さのそれが、ぶん、と風を切り
「…へ?」
えんまの鼻先で、ぴたりと止まった。
「…え?」
動かないことに疑問を持ったのは当のジュジュも同じで。
上を見れば、ハンマーの柄には白い糸がぎっちり絡みついており。
後ろを見れば、半端な大きさのジョロウグモがそれを口から吐いていて。
「…お?」
しかし見ず知らずのモンスターに味方される筋合いも無く、チューヅも驚いた。
そこに
「助太刀に来たぞ」
とかいう声が上から降ってきたかと思うと、
屋根に開いた穴をすっぽりと抜けて、黒いピグミークローンが補助席に着地した。
散々世界征服をコケにしてくれた某坊主、ジャスタスさんである。
「…何だ、てめぇかよ」
「何だとは何だね。リアクション悪いぞ。
あそこに居るのは僕の知人、というか知虫。
手助けに来てやったんだから有難がってひれ伏すくらいはしないのか?」
チューヅが下を見遣ると、確かに蜘蛛はえんまを助けようとしているように見える。
ハンマーをもぎ取らんとする相手に蹴られながらも懸命に糸を吐き続け
ジュジュごと糸にくるんでいる。優勢に見えた。
「たまには良いことすんじゃねえかハゲよぅ」
「ハ…!?」
最後の一言に言及される前にチューヅは割れた窓から身を乗り出すと
調子に乗って叫ぶ。
「おいジュジュ!今日の所はこの辺にしてやってもい」
無言のハンマーがすごいスピードで投げられてきて
チューヅの体ごとぶっ飛んでいったため、その言葉は最後まで続かなかった。
ジュジュは全身に巻きついた糸を素手で引きちぎると左右に投げ捨てる。
息はかなり上がっていた。
「それはお姉さんのセリフですっ!
次においたしたら、確実にしとめますよお、わかったかな!?」
はあーい、と元気に返事をしたのはえんまだけで、
くるりと一回転すると、彼女は消え去った。
少し遅れて、尻尾がぶつかった所為で、ノーズウォーカーの足にヒビが入り
誰も居ない大地に、べちゃりとくず折れた。
「あ、居た居た…」
ジャスタスがグリンの丘のヨールの茂みの上に引っかかっているハナアルキを見つける。
少し遅れて、ノーズウォーカーの上半身をえんまが、ドルテが足の二本を引きずって、ついてくる。
チューヅは生きていたけれど伸びていて、彼が背負うと「ごるぁー」と小さく寝言を言った。
「全く、能天気な奴だな」
「コンナのでセカイセーフクしよとしたなのヨ。ちょーimpossibleダネ」
「きっとすごく、じしんがあったんだよ。」
何とも言えない泥だらけの顔に好き勝手呆れる。
スクラップが重すぎて、ワープもできないから、島までの道のりが遠い。
ずるずる音を立てながら、疲労にか哀愁にか、自然と無口のまま三人は歩いた。
「でもつぎは、ひとりじゃないもんね」
小さな呟きに答えは無く。
夕日のオレンジが三つの影を長く、長く照らしていた。
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