「てめぇら、こりゃ大惨事だぜ」
ハナアルキはそう言って座を眺め回した。
抹茶に茶色を混ぜたような微妙な毛色は、普段と異なり逆立って
何を怒っているのかといえば何のことはない、
ただの妙薬プラステリンの効果なわけだけれど、
今の彼の声音に現れているのは怒りよりも焦燥・興奮・そして緊張。
ここは南米スラバヤ、茂るソテツの横を通り過ぎながら、彼曰く。
「俺のGLLパスがよ、今月末で切れちまうんだ…!」
「当たり前です」
ドーンと効果音つきで宣告したハナアルキに
冷静な突っ込みが掠れた、しかし厳しい声で入る。
それを発したのは一羽の小柄なカンボジャク。
薄汚れた羽にぎょろりとした目は早くも呆れた様相を見せつつある。
「じゃねえんだよ!畜生!
俺んとこのダチがよ…や、アイツらなんかもうダチじゃねえ!
モン狩りに誘っといて、もう当然みてぇに来月の話をしてやがる!
俺はその頃には居ねぇのに!!!」
ハナアルキはその二本の鼻でもって
器用に地団太を踏みながら喚いているわけであるが、
さて、話を聞いている三人が「だから?」と言いたげな表情で
大人しくしているので、それを同意と受け取ったか、
ハナアルキは自信たっぷり、
ラストスパートをかけることにしたらしい
「著しいだろ?著しいだろ!?な!?
馬鹿にされてたまったもんじゃねえぜ!
だっからよ、俺は考えたわけだ。
アイツらに絶縁状叩きつけながらよ、言ってやったわけだぜコラ
『GLL城は近く、俺様の手に落ちる運命なんだぜゴルァ』ってな、ゴルァ!」
ゴルァー!ゴルァー!アッー!
南米スラバヤの風はいつでも暖かく、
今日のような夏はより暑く、南風を運んでくる。
「…な、何か言えよ!ドルァ!」
気まずくなった、ハナアルキ。
あまりの動揺しっぷりを可哀相に思ったのだろうか、
しばらく立ち直る間を置いたあとで、
座に居た心優しきピグミークローンだけが反応を示す。
「/coldbreath」
せいぜいカキ氷を作る程度にしか使われなかった技を他人に向けたのは、
『心優しい』彼にとってはまさに初めてのこと。
暑い日にうってつけの技ではあるが、
残念ながらこの至近距離で頭に吹きかけられては
頭がキーンとする、そんな程度じゃすまないのは当然だ。合掌。
「頭を冷やすんだな、馬鹿馬鹿しい」
あくまで心優しいピグミークローンは、どっかと胡坐をかきなおし、
(先ほど自分で言っていたように)大惨事に陥っているハナアルキに対し
氷の息吹よりもさらに冷たい軽蔑の視線を浴びせている。
「ちべっ!冷てぇ!あちちち…冷えたのは尻じゃねえか馬鹿!
どいつもこいつも頭とくりゃ上にあるもんだと思いやがってよ!」
「そんな下に頭があるから血が上るんじゃないのか。
一時のハッタリなど、すぐに忘れられてしまうさ。
律儀に現実にする必要がどこにある。
そんなもののために、君は僕等をわっざわざ招集したわけか?
『GLL城を乗っ取るんだぜゴルァゴルァー』などとか言って?
再現していて阿保らしいよ、僕は」
ハン、と鼻を鳴らしたついでに脇に話題を振ると
先ほどのカンボジャクがそこには居て、
風呂敷に鍋などをせっせと詰め込むのに忙しい様子だ。
「あ、姉御てめぇ!何やってんだ!」
「なんかもう、付き合う気がいたしませんで、別の島に行くことにしました。
ま、どのみち明日には発ってる予定でしたし…さいなら」
「おま、祭りとか好きだっつってたじゃねえか!格好の騒ぎ時だぜオイ」
「祭りは好きですが、馬鹿は嫌いです。申し訳ないですねーっと」
「でもよでもよでもよ」
「でもはありません。んじゃ」
「コラ待て!あー…」
超高速でお辞儀をして、姉御と呼ばれたカンボジャクの姿は速攻掻き消え
引きとめようと飛び掛ったハナアルキだけが、その残影を突き抜け。
がっかりと振り返った先には、
こりゃまた逃げる気満々のピグミークローンの後ろ姿。
「一人でやれるもんなら、やってみるがいいさ」
と、聞きたくもない捨て台詞を残して去っていった。
なんとまあお優しいことか。
後にのこされたのは彼一人。
がっくりと膝を、いえ鼻を折ったハナアルキ。
その傍に…
おや、残っていたのは二人だったらしい。
場にいながら、一言も喋らずぼーっとしていたオーガが一匹。
ハナアルキにおずおずと近づき、
彼の頭上から穏やかな声を降らせはじめた。
「さっきのはなし、よかったよ。
よくわかんなかったけど、げんきにしゃべってたね」
慰めにもならぬ言葉に、ハナアルキは怒鳴る気力も失い、そっぽを向く。
オーガ――名前はえんま―は、ハナアルキを抱き上げ膝に乗せて
背中を乱暴にぽんぽんと叩きながら
「で、乗っ取るとかって、どうゆうことなんだい?」
と、尋ねたのだった。
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