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試合前01.
試合前02.
01.
02.
03.
04.
ジャスタスは言って、何かから逃げるように首を振った。
その仕草から、彼が相当思いつめるところまできているのが察せられる。
「ギュニア杯に来てから、なんかあのカンボ君のドッペルゲンガーみたいな
訳の分からん女子を泣かしただろう。そのときに言われたヤジがな、ずっと頭の中で響いてて…
なんていうか…ああ畜生、なんていえばいいんだ。なんていうか、その…」
言葉にできない歯がゆさを表現したいのだろう。彼は必死でいくつか身振りを試す。
が、何をやってもうまくいかないらしく、悲しげに眉を顰めた後
「世界中から馬鹿にされてる気がする…!」
その一言を境に、彼の目から光が消えた。
ぎょっとするチューヅの前で、急に溶けていく雪だるまのようにへたり込み、
仕舞にはベッドの上に突っ伏してしまう。
「おいおいおいどうした、急に妄想入ってんじゃねーって。」
虫よりか細い声に慌ててチューヅは肩を押して立ち直らせようと試みるが、手遅れのようだ。
弛緩した体中でも指先だけに力が入って、シーツに深く食い込んでいる。
「だってだぞ!ブーイングの声が耳から離れないんだ。夢にも見た。
気にしすぎなのは解っているが、スタジアムに出る度に怖い。
でもドルテが頑張ってねって言うんだ。語尾にハート付きで、とびきり可愛い笑顔で!」
腕だけが這うようにベッドを動いてチューヅの胸ぐらを乱暴に揺らす。
完全に頭をやられてしまっている男に泣きつかれたら、チューヅでなくとも良い気分はしないだろう。
彼はさりげなく腕を払いのけると、ぐらぐら煮えたつ頭を少し整理して、一語ずつ語りかけるように話しかけた。
「そりゃお前よ。そのイグジスってのの通心能力に当てられちまってんじゃねーのか?」
「…あ。」
ジャスタスは全く思い当たらなかった、という表情で頭を上げた。
リヴリーという種、最大の特性だといわれる通心能力。
本来、飼い主の心理に共鳴し、感じ取ることに使われるそれだが
仮にイグジスがニンゲンに近い心波を発していたならば
それにジャスタスが共鳴してしまったという可能性は大いにあり得る。
「そういえばイグジスはやたらと心理戦が得意な奴だった筈だ。
どおりで…しかし、何故今まで気づかなかったんだ…」
「バーカ、そりゃてめーの頭がイってるからだよ!
どうだ、原因もわかったことだ。勝てるか?」
チューヅはわざと明るく笑い飛ばし、軽そうに聞こえるように尋ねた。
ジャスタスは少し困ったような顔になり
再び頭を軽く振って、「がんばる。」と小さく答えた。
原因がわかったところで、頭の中の声が止むわけでもないことには
薄々感づいてはいるのだろう。
とはいえ、さっきよりは格段に生気のある様子ではあるので
若干の影にはチューヅは見て見ぬ振りをした。
「よしよし、元気になったな!
あー、寝ちまったーぁ。今、何時だよ?」
伸びをしながら話題を変えると
ジャスタスは時計に目をやって、苦笑混じりに
「3時。」
「あぁ。」
「49分。」
「ぁあ!?」
豪快な音を立てて布団が捲れる。
「お前、何やってんだよ!早く行かねーと不戦敗だぞ!」
「はっはっは大丈夫だまだ5分ある。」
遠くを見て虚ろな笑みを見せるジャスタスの反応は棒読みで
一種グロテスクなほど堂々としている。
思わずチューヅは立ち上がり、ベッドでぴょんぴょん飛び跳ねながら
「5分『しか』だろ『しか』!何やってんだ!走れ!いや、足に障んねー程度に!」
自前の鞭まで動員して、なんとかジャスタスを追い出す。
全てが終わって彼はふうと一息つくと
「怪我人相手に頼ってんじゃねーよなぁ…」と、天井に向かって独りごちた。
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