えんまvs…

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自分は一体何をやっていたのだろう。
すぐ使うことを予見して、腰に提げてきたのだというのに。
チュータツは体に力を入れ直すと、振り向きざまにえんまに向かって
その液体を噴きかけた。
軽い音とともに吹きつける液体を、えんまはハンマーを盾に防ぐ。
しかしそれは酸でも何でもなく、湯気を上げたりもしなければハンマーが損傷するわけでもない。
実のところ、薬品は降りかかっただけで激烈な効果をもたらすものであったが
そんな仕組みは知らないえんまは不思議そうに自分の武器に目をやると、
目立った変化の無いそれをもう一度振りかざした。

「でええいっ!」

チュータツは退けきれなかったので少し掠り、そこから鮮血が迸った。
ハンマーの頭がチュータツの体を"切り裂"いている。
しかしチュータツは怯まなかった。痛みに顔を歪めながらも「まだ足りぬか」と呟いては
小瓶に手をかけ様子をうかがっている。
むしろ戸惑ったのはえんまのほうだった。
殴りこそすれ、ハンマーは決して斬ったりするような(彼の感覚として)危険なものでは有り得ない筈だ。
ところが彼の攻撃は、短い刃物を荒く櫛状に並べたもので殴ったような
そんな傷痕をチュータツの頬に滲ませている。
確かにハンマーの頭部は依然として圧倒的な質量を誇っているのに、殴った感触ははすかすかしている。

「何を余所見している!」

いきなり噴き出た血に唖然としている相手に向かい
チュータツはさらなる薬液と共に詰った。
内容物の察せられない液体をひとまず防ぎ、再びえんまはハンマーを操る。

今度はチュータツは避けようとしなかった。
そればかりか、彼に確かに当たったのにも関わらず
ハンマーは彼の体をすかっと通過したのだ。
まるで実態を持たない幻であるかのように。

えんまの表情に、はっきりとした驚きが浮かんだ。
彼が慌てて手をハンマーの上に滑らせると、
それは儚い魔力の粒子となって、サラサラと零れおちてしまった。
ハンマーを構成していた魔法が崩れている。
腰が抜けたのか、それともようやく麻酔が効いたのか
えんまは脚を踏み外して膝を突いた。
藪睨みにチュータツを見上げる。

「見たか。
 分子を破壊するのも魔力を破壊するのも同じことだ。
 私がその気になれば貴サマ自体を塵に変えてやることも造作ないのだぞ。
 それでも尚私と戦うつもりであるのならば」

チュータツは、無力化した相手に近づいて行きながら
冷たく言い放った。
人間の世界では科学的法則を超えて働く現象を魔法と呼ぶが
魔法が日常化した世界においてはその限りではない。
ここ、リヴリーアイランドでは、魔法もまた、科学的法則に則って働いている。
故に、魔力の塊に科学的アプローチを加え、分解することは十二分に可能である。

黒い手袋に覆われた指先に、小さな雷撃の球が唸っている。
これを打ち込めば止めだ。
科学と魔法の融合が為された今、彼は最強に近い。

「話にならないな。」