無論、チュータツも手ぶらでやってきた訳ではない。
白衣を翻すと、細い筒を取り出し
えんまが身構えるのも待たず、心臓付近を狙って撃つ。
「/sling!」
吹き出したダーツのような針には
ぎりぎり体内で分解できる程度に希釈した毒が塗ってある。麻痺を伴う蜘蛛毒だ。
急な攻撃だったからか、もともと避けるつもりはなかったのか
確かに毒針は当たった。
「ありがとう。負けるなら、きみがよかった。」
えんまは重ねて答えると、針を毟り取る。
「…/hammer」
負ける予告はしていたが、全力を尽くすつもりではあるらしい。
ずしんと重い音を立て、木槌が地面を叩く。
握り直すと狙いをつけ、チュータツに向けまっすぐ踏切りながら頭上高く振り上げる。
「な、」
一応ハンマー対策は持ってきたが、そんなことよりもまず命の危機を感じた。
今までいた場所の地面に薄くめり込んだハンマーがある。
あまり使い込まれた形跡がないとはいえ、
最大サイズの大型リヴリーが振り回す大木槌といったら危険極まりない。
手加減のレベルを明らかに間違えているし、
こんなものが当たったら骨が折れるとかいう次元の話ではなかった。
狙いが正確で無いのは幸いだったが、
そもそもチュータツは攻撃をすいすい避け切れるほど動けるわけではない。
しかしいくら毒針を打ったとはいえ、回らなければ効果は出ないので
それまでの間、チュータツは耐えなければならないのだ。
後ずさると再び地面が軽くなり、えんまは大振りな動作でそれを持ち上げて
今度は彼の上、斜めにハンマーの影が落ちた。
蟀谷のあたりから、さあっと冷たいものが走る。
「ほ、本当に図体ばかりだなこの木偶の坊が…!」
軌道上からくるりと踵を返し、追い詰められない程度に逃げの手を打つと
気を取り直してハンマーの攻略法へと頭を巡らせる。
えんまの唯一使える魔法がハンマーであり
それに関してもちゃんとチュータツは対策を考えてきていた。
追ってくるハンマーの気配にひやひやしながら、白衣の内側を探る。
こういうときのために、スプレー式の丸い瓶を作ってきた筈なのだ。
しかしどこにも見当たらない。焦りのせいだか知らないが、どの瓶も同じ形に思える。
「逃げないでこれじゃはなしにならない!」
びゅんと切るような風圧が襟首を霞む。薬は見つからない。
追いつかれてしまう。
息が切れて前身を屈めると、その上を何かが横切って行った。
まず一発避けたことにほっとしつつ瞼を自由にすると
地面と自分の爪先とそれ以外に
腰に丸い瓶が下がっているのが目に留まる。
…見つけた。
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