「試合、でなきゃだめだよねー…」
「当然ワヨ。」
今更負けてしまったことを後悔しだしたジャスタスと、
目当ての選手が居なくなりすっかりやる気を失ったドルテ、そして親友と戦うことになってしまったえんま。
チューヅ達が予想したとおり、彼らは部屋に帰って合わせる顔がないので
仕方なく非常階段の前に腰かけて時間を潰している。
どんよりと沈むたばこのけむりが目にしみて、そこらじゅうに暗い気分を蔓延させていた。
「…チュータツさん、おこってたね…」
「オマエ何やらかしたダ?」
だがしかしえんまは思い当たらず、三本目のたばこを煙にして吐き出した。
「ぼくのせい…だよね。」
重苦しい空気に耐えかねて、ドルテが奇声をあげた。
陽気な彼女は落ち込むよりも怒るタイプだ。じたばた手足を振り回す。
「モーッ!ホワイダリンは降参しちゃただナノ!
エンマがアイツやつけられる訳ナッシングなのワカテたダロ!」
「その件については後程チューヅに絞られるだろうから今は触れないで欲しいなー…!」
ジャスタスは彼なりに後悔をしているらしく、いくら揺すられても狂気じみた笑みのまま固まって反応がない。
もう、後がないというのに。
頼りない彼氏にむぅっと頬を膨らませると、ドルテは反対を向き、えんまを見上げた。
「しかりヤレヨ、エンマ!ドルテチャンだてガンバテるのから!デキルダナ?」
「…そうだね。」
彼女の言葉にえんまは気乗りしないながらも
自分を切り札と呼んだチューヅ、優勝に向けて、あんなに意気込んでいた彼の姿を思い出す。
「かたなきゃ、ね。」
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赤コーナー:
チュータツ イッカクフェレル
178cm 体重:61kg
vs
青コーナー:
えんま オーガ
身長215cm 体重120kg
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「試合、開始。」
審判が宣言しても、えんまとチュータツは線を挟んで向かい合っているばかりだった。
頭二つ以上も違う身長の間を、テグスを張ったような鋭い視線が斜めに行きかっている。
えんまは困惑しながらも、チュータツから目を逸らそうとはしなかった。
見つめることで目の前の状況が好転するとでも思っているのかもしれない。
馬鹿のような考えだが、彼に限ってはあり得ないことではない。
チュータツは自分の意思が堅いことをもう一度確かめて、ゆっくりと口にした。
「棄権しろ。」
「やだ。」
答えはすぐ返ってきた。
チューヅの『命令』が相手なのだ。チュータツとて、今回ばかりはえんまがそう簡単に言うことをきくとは思っていない。
平静を保ち、相手の出方を伺う。しばらくして目尻の低い顔をぎゅっと引き締めると、えんまが口を開いた。
「せっかくがんばったのに、せっかくここまでがんばったのに
なんで、いきなりチュータツさんが、だめとかゆうんだ。」
チュータツは勝ち誇って顎を上げた。彼の説得など技量が稚拙で話にならない。
所詮相手は自分が評する通り、デクに過ぎないのだ。降伏して出直してこい。
「聞こえなかったのか。貴サマの飼いヌシからの命令だ。」
「え。」
命令。
流暢だった反論は、たった一つの単語で止められる。
「そんなはず、」
命令に過剰反応した後、一歩遅れて話の内容を理解しようとする。
しかし、飼い主とチューヅ、どちらの言うことをきくべきかで思考が硬直したらしい。
頭は普段以上にうまく回っていない。
「なんで…飼い主さんは、試合のかみに、なまえをくれたんだよ。
どうしていまさら、だめとかゆうわけないよ。」
「ほう、貴サマが飼いヌシに事情を説明したとは驚きだな。
あの女の話だといきなり紙を出して『署名しろ』と云ったそうだが?それは初耳だ。」
なぜ、どうして、そんなはずはない。
何度も何度も繰り返す言葉に、彼の混乱が如実に表れていた。認識と記憶が一致しない。
自分の誤解を修正するために、えんまは必死で当時の様子をアーカイブから引っ張り出そうとする。
頭を整理する前に、チュータツはすかさず新しい事実を注ぎ込んだ。
「ギュニア杯に出ると、説明したか?
そもそも貴サマはこの大会がどういうものか解っていて出場しているのか?」
つらつらと並べ立てる度に、自分に対する苛立ちがチュータツを熱していく。
飼い主、円を代弁するようなことを口走るのが腹立たしくて仕方がないが。
しかし、憎むべきニンゲンといえど
目的を同じにした以上は、細かいことには目を瞑ろうと決めた。
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