ギュニア杯2日目午後:迷歌 vs えんま

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「うーん、まいったなあ…
 さっきのやじるしはみぎってゆってたから、ええと…」

その頃、間違って逆の方向に行ってしまったえんまは、
必死で軌道修正に走っていた。
早めに部屋を出てきたはずではあるものの、
時計もないので、時間に間に合っているかすらもわからない。
かなり遠回りをして青い矢印の書いてあるプレートをたどり、
やっとのことで青コーナー待合いと書かれたドアを探し当てる。

「ここなのかな…わっ!」

集中して文字を読んでいるときに背中に手を触れられ、
ワンテンポ遅れて彼は振り向く。
自分の目線より少し下に目を落とすと
ジャスタスが、彼もまた過剰なリアクションに驚いて見上げていた。

「なんだ、ジャスタスさんか。びっくりしたなあ。
 そんなとこでなにやってるんだい?」

「どこに居たんだ、探したぞ!
 …まぁいいだろう。時間もない。
 試合の前に、これを君に渡しておこうと思ってな…」

どことなく落ち着かない表情の彼であるが、
えんまはそんなことに気づけるほど察しの良い男ではない。
ジャスタスが懐から取り出したのを言われるままに受け取ると
それは一枚のスクリーンショットだった。
抜けるように鮮やかな青紫のボブカットが特徴的なクンパの横顔が写っている。
こっそりと撮られたもののようで、手元に握った何か、
おそらく武器の手入れに没頭している様子だ。
赤い色で纏められた服は良く似合い、人形のように愛らしいが
髪より少し濃い色の釣り目が気の強い性格を想像させる。

「かわいいおんなのこだね。」

「解っていて欲しいんだが、その子が今日の相手だぞ。」

微笑むえんまと反対にジャスタスは顔を曇らせ、
少女が手で持っている武器を示して神経質に叩く。

「いいかね、可愛いとかいうためにこのSSを渡したわけじゃないんだ。
 見てわかるとおり、相手は刃物の使い手だ。魔法も使ってくる。
 午前中の試合の戦い方を見たところだと
 /slingではなくブーメランとして投げてくるらしい。
 毒などは塗っていないようだが気は抜くな。」

少女が持っているのは
よく見ないとナイフには見えない一風変わったものだった。
アラビアンナイフに似ているが、もっと湾曲していて
持ち手の部分を除けばほぼ半円のように見える。
鎌にも似ているが、刃の部分は弧の外側についていた。
まともに使うには、少々無理のある形ではあるが、
ブーメランにするのなら成る程実用的だろう。

えんまはじっくりとそれを見ていたが、彼は武器にはそれほど興味を示せないようだった。

「へいきだよ。ぼく、あたってもいたくないもん。」

「…避けるのがとことん下手くそなだけだろ。」

無頓着なえんまの様子にいらだって、ジャスタスが吐き捨てた。
たぶんこんなに悪意の篭った言い方をする気は無かったことだろう。
しかしあまりにも怒ったような口調だったので、
流石のえんまもジャスタスの様子がおかしいことに気づいた。

「ぼく、なんかまずいこととかしたっけ?」

いままでの自分の態度を反省しながら、首を傾げる。
その言葉に、ジャスタスはふと目が覚めたようだった。
自分の言ったことを思い出して、慌てて両手を振る。

「い、いや!いいや。そんなことはない。
 今のところ、力押しな感は否めないが君は善戦しているよ。午前の戦いも危なげない。」

「じゃあ、どうして?」

「…上手く言えないのだが。」

そして煮え切らないような顔をしつつも、嫌な予感がしたのだ、と付け加える。
宗教者ではあるが、彼はどことなくそういう第六感めいたことを信用していないようで
かなりもごもごとした言い方だった。
えんまはしばらく傾いたまま、不思議そうに彼を見つめていたが、

「そんなにしんぱいしなくていいよ。かちなさいって、チューがゆったんだから。かてるよ。」

坊主頭をわしわし撫で回してから、グラウンドに出て行った。
そういう問題でもないだろ、と呟くジャスタスの声が、後を追った。