ギュニア杯2日目午後:スウィーティー vs 黒鋼刃

page: 01.02.03. 02.03.
「…!/wind!」

黒鋼刃の頭にその一言が閃いた。
気づくが早いが、風の呪文を鋭く叫ぶ。
ストームのように渦は巻かず、ゆるやかで一方向に吹く風。
攻撃にはならない風が、スウィーティーの髪を靡かせた。

「気づいてしまったのカイ?」

スウィーティーは身を転がして起き上がると、
自分のほうに吹いている風に気づき、口元を手で覆った。
にやにやと弧を描いていた唇は閉じられている。
風の中に混じる細かい粒子から、身を守らなければならないからだ。

「そのハンカチには蛾の鱗粉を塗してあってね。
 ハンカチだけじゃあない。私の袖口や襟にも…
 ソッコウセイのものではないケレド、弱い毒がじわじわとキミをオカしていくというモノだ。」

前髪が風に大きく揺れ、金色の目が再び垣間見える。
黒鋼刃は小さく唸ると水鉄砲を構え、左の目を潰しにかかった。
拭いきれていない右目も含めると、スウィーティーの視界はほぼゼロになる。
だが、目を潰されても彼は喋り止めなかった。

「ステキな余興ダロウ?
 長引かせれば長引かせるほど、キミはアヤウクなっていくという仕掛けさ。ツマリ、」

「早く倒せと仰っているわけですね!」

黒鋼刃が肩からぶつかっていくと、スウィーティーもとんぼ返りを打って
同時にダーツナイフを打ち込んでくる。
今まで気づかなかった毒の威力が、そろそろ実感できる量に達してきたようで
間接が鈍い痛みを覚えていた。
狂った軌道で襲い掛かってくるナイフを避けながら、ぼんやりとする頭を必死に回転させ
次の手を思いついた。

ナイフを放ってまっすぐ伸びたスウィーティーの右腕の内側にハイキックを叩き込む。
内股を狙って刺そうとしてきた左手のナイフを手刀で落し
続く動きで自分と相手の膝と膝を思い切り衝突させる。

「ぐっ…!」

これは黒鋼刃にとってもダメージの大きい方法で、
スウィーティーは自分が何らかのダメージを与えたと勘違いしたようだった。
ひざの皿を脱臼しても動き続けられるのは痛みを感じない者にしかできない荒業だ。
反動にひるむ黒鋼刃の胸をスウィーティーは鮮やかに斬りつけ
腕でガードされると、次の攻撃につながれるのを警戒して、ひらりと飛びのく。

「!?」

しかし、そんなに高くは跳んでいない筈なのに
左足が膝からがたりと折れ、崩れるように尻餅をついてしまう。

「…!ナンダイ、このトリックは…?」

立ち上がるために突いた手は滑り、
ナイフは指の間に挟みこまれたままなのに、腕が動かない。
スウィーティーは骨の折れた傘のような奇妙な体勢でへたりこんでいた。
興味と驚きの半々に混ざった声音が黒鋼刃を見上げる。

「何のトリックでもありません。間接を外しただけです。」

黒鋼刃は彼に近寄ると、ぐにゃりと意志を失ってしまった彼の腕を持ち上げてみせた。

「イタミを感じないのを
 サカテにとったというコトか…」

感嘆したように言いながらもスウィーティーは左手をゆっくり上げて
一矢報いようとした――が、その左腕も手刀を入れられたときに
手首の間接を外されていて、だらりと動かなくなる。
彼は自嘲気味に微笑んだ。

痛みを感じない相手は、攻撃の威力で落とそうとしなければいいのだ。
身体の異常に気づかないうちに、動けないようにしてしまえばいい。

「審判、カウントを始めてクレ!
 私は間接の戻し方なんてエレガントでない知識は持ち合わせていないんだ。
 試合をオワラセテくれないと、ウゴケナイよ!」

スウィーティーの悲鳴じみた声のとおり、
フランツが数字を読み上げはじめる。
黒鋼刃もスウィーティーも、抵抗せず自分の出した結果を受け入れていた。

「…1。スウィーティー選手、戦闘不能。よってこの勝負、黒鋼刃選手の勝利です。」

拍手が沸いた。救護のホオベニムクチョウが一人だけ来て、
器用にスウィーティーの間接を戻していく。

「アリガトウ、タノシマセテもらったよ?」

黒鋼刃が立ち去る前に、スウィーティーが直った左手を唇に当て
投げるような仕草をしてみせた。
黒鋼刃は目をまんまるにして硬直した後に
ぺこりと直角にお辞儀をすると、そそくさとその場を後にした。