ギュニア杯2日目午後:スウィーティー vs 黒鋼刃

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素早く繰り出されたダーツナイフが、黒鋼刃の長髪を切っていった。
さっき彼が言ったように、一度に5本飛んできた首筋を掠り、
咄嗟に手をあてがえば
スウィーティーの唇を彩るのと同じ赤い血のすじが、彼女の指先に粘りついていた。

「…ッハハハハハ!キミの表情はジツにウツクシイね。
 率直にしてジョウゼツ。混じりけのない蜂蜜のようにカンビだ。」

/slingで勢いをつけたナイフが5本、襲いかかってくる。
本来球を繰り出すための技で、棒状のものを撃つと
それは見事にバラバラの軌道を描いて飛んでいく。避けるのは難い。
黒鋼刃は後ろに飛びのくと、助走をつけて
これでやっとまともに戦える、とばかりに飛びかかる。
黒鋼刃をかわそうとしたスウィーティーの前髪がはたりと揺れ、
金色の裂傷のような目が垣間見える。
彼女の銃が火を噴いた。

「くっ…」

黒鋼刃の着地と同時にスウィーティーが目を押さえる。
彼女は続いて後ろに回し蹴りを放ち、スウィーティーを地面に叩きつけた。
倒れざまにナイフが下から煽るような角度で投げられたが、
彼は狙いが定まらないのか、先ほどのような確信的な動きは無かった。
横とびに避ける。この攻撃を避けるのは簡単だ。
黒鋼刃は間髪を入れず、さらなる蹴りで攻めようとしたが
上体を起こしたスウィーティーの手が彼女のシューズを止める。

前髪は元通り、分厚く目を覆っていたが、
右の目からとろみのある液体が涙のように頬に垂れてきていた。
透き通ったオレンジ色だ。血でも涙でもない。

「ナニカナ?これは…?」

スウィーティーはにやけながら右目を擦り、何度か瞬いて動きを確かめる。
黒鋼刃はくすりとして、銃を軽く振って見せた。

「ラー油です。沁みるでしょう?」

振ると、同じ液体が銃口から漏れる。
どう見ても金属の重厚さを感じる銃だが、その正体は水鉄砲だ。

「ハハ、沁みるかどうかはワカラナイけれどね
 なにしろさっきも言ったとおり、私はイタミを感じないのダカラ。
 しかし、ミエナイよ。」

何度も攻撃を受けた跡が、彼の病的に白い肌に赤い痣となって現れだしていた。
まともな神経をしていれば呻くどころか、その部分を庇わなければ動けないところだろう。
その点、スウィーティーの動きには怯みがなく、彼に痛覚が無いというのは本当のようだった。
黒鋼刃にとって、それは気兼ねなく攻撃できるということでもあったが、
同時に容易な攻撃では落とせないという手ごわさでもある。

「マイッタものだね。少し待っていてくれ。
 成る程、コレはケッサクだ。ナカナカ取れないネェ…」

彼は胸ポケットから真っ白なレースのハンカチを取り出し、
数回振ってから、それで目を拭った。
黒鋼刃が礼儀に則った戦い方をしたがっているのを知ってか
たっぷりと時間をかけて身支度をする。

「…残念ながら、待つことは出来ません。
 失礼ですが、続けさせていただきますよ!」

「ドウゾ、ごジユウに?」

黒鋼刃は辛そうに歯を食いしばると、/thunderを放った。
ラー油を拭うのに没頭しているスウィーティーは、攻撃を避けようともせず
真正面から電流に撃たれて弾き飛ばされる。
倒れたものの痛みを感じていない彼はひょこりと起き上がると
再び作業に没頭し始める。
相手が動かないので、黒鋼刃のほうから近寄っていって
頭蓋骨が揺れるほど殴りつける。それでもスウィーティーは落ち着いた様子で

「まぁ、待ってくれ。」

と、答えるばかりだ。
何度も戦いをぶつ切りにされて、これには流石の黒鋼刃も参ってきた。
さっきから、スウィーティーには攻撃する気がまるで見られない。
攻撃もしない。降参もしない。
まるで、長引かせることで、自分が有利になるとでも思っているかのようだ。

「こんな終わり方をするのが残念です。」

黒鋼刃は高く脚を振り上げると、スウィーティーの脳天目掛けて振り下ろす。
イチかバチか。彼女のパワーでは、加減を誤れば
スウィーティーは死んでしまうかもしれなかったが、そうでもしないと試合が終わらない。
もちろん攻撃は急所を直撃した。
にやにやしたまま、彼の身体は生理的に小さく振るえ、
手放されたハンカチがひらり、黒鋼刃の顔の横を掠めていく。
噎せかえるような甘い香りに毒されて、くらりと視界が揺れた。

…毒。