ギュニア杯2日目午後:スウィーティー vs 黒鋼刃

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「では、こちらから行きます。」

黒鋼刃は律儀に宣言すると、
右腕はまっすぐ構えたままで腰を捻って下から蹴りを放った。
銃はフェイクだ。こんな近距離で使うわけがない。
胸を直撃する。いとも簡単に、彼は打たれた。

「いい蹴りだネェ。見てご覧、血が出ている。」

スウィーティーは地面に腰を下ろすように倒れ、
指で口元を拭っては、嬉しそうににたりと笑う。
黒鋼刃が次の攻撃を仕掛けてくるかもしれないというのに
立ち上がろうともしない。
黒鋼刃は攻撃を続けようとしたが、思いとどまり
これ見よがしに突きつけられた二本の指を凝視している。
紅を引くように唇を撫で付けた、細い、白い指だ。

「オヤ?どうして止めてしまうんだい?
 チャンスだよ黒鋼刃!今なら私はキミの攻撃をヨけられないのだカラ。」

「何も仕掛けてこない相手に、攻撃などできません。」

黒鋼刃は下唇を噛み、しかめ面を作って言った。
イライラしているというよりも素直な困惑が感じられる表情だった。

「それは困ったナァ!」

スウィーティーは声高に笑い、観客を見渡して言った。

「ジャア、キミは、私がこのままなぁんにもしなかったらどうするツモリなんだ?
 そんなことでは、カンキャクのみなさんがタイクツしてしまうよ。
 そうダロウ、諸君!?審判!?
 キミたちは何を見に来ている?
 ボウリョクの無いシアイなんて、何がタノシイっていうんだ!!」

苦々しい表情で、フランツが頷いた。
話題を振られた観客席は、黒鋼刃と同じ類の戸惑いに包まれてしんとしている。
ほっそりとした青年に屈強な大男(彼女は女だが)が困らされているのは
傍から見れば奇妙な光景だった。
ふたりが猫と犬であるのも、なんだか暗にたちの悪いジョークが
篭められているような絵面を作るのに一役買っていた。
大げさに腕を広げるスウィーティーの仕草のお陰で、
それはまるで円形の舞台で行われる芝居のワンシーンのようだ。

「いつか必ずケッチャクをつけなければいけないんだよ。それがシアイというものだ。
 そのためにキミはどうする?
 私をイッポウテキに攻撃するんだ!思う存分ナブルがいい!サァ!」

スウィーティーは半ば壊れてしまったように叫ぶと、
手にしていたダーツナイフを全て足元に投げ捨てた。
観客席から、少し遅れて囁きが聞こえる。
さざ波のように、隣の席の観客と相談しているのだ。
この試合はどうなるのか、いつまで続くのか。
その幾多もの声がプレッシャーとなって黒鋼刃に襲い掛かったが、
彼女にはどうしても、戦意の無いの相手を痛めつけるような真似はできなかった。

「…それが出来ないのが私の弱さでもあります。」

「ワカッテいるなら、何故乗り越えようとシナイ!戦え!私が、皆、そうノゾンデいるんだ!」

拳がわなわなと震える。
彼女の鋭い目は、捨てられた子犬のような潤みさえ帯びていた。
こんな勝ち方をしても、悔しいだけだ。
こんなものは強さとはいわない。

「…すみません……っ!」

黒鋼刃は誰にともなく謝った。もしかすると自分にだったのかもしれない。
そして強く目をつぶると、さっき止めた動きの続きを再生する。
勢いを込めて繰り出された右ストレートはスウィーティーの頬を直撃する。
スウィーティーの長身が仰け反って、数歩よろめく。
かなり強く入ったようだった。

観客の囁きも消え、何も聞こえなくなった。
軋るような笑い声の他には。

「…ジョークだ。」

彼が小さく呟いた。コキ、と音がした。

「は、あ?」

気の抜けた声で尋ねた黒鋼刃を、ゆっくり正面を向いたスゥイーティーが
相変わらずその顔はにやにや笑っている。
彼は何度か顎をさすって感覚を取り戻した後
ジョークだよ、と言い直す。

「ユルシテクレ、キミがどんなヒトなのかを試してみたくなってネエ。
 私も観客と同じように、タイクツしたくないから、マジメに戦うつもりさ。
 ああ、ダケド、思う存分私をナブっても良いというのはホントウだ。
 なぜなら、私は」

黒鋼刃の吊り上った眉は、今はほとんど真横一文字に
平たく言えば驚きのあまり目が点になっていた。

からかわれた者特有の無防備な表情をとくと眺めてから、
スウィーティーは声をあげて笑うと

「私はイタミを感じないんだもの!!」