04. vs 毒飴

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「元気か。」

爆発がおさまったころ、スピーカーからチューヅの呼びかけが不明瞭に響いた。
操縦席には誰の姿もなく、壊れたカメラはコクピットの様子を伝えてはいないのだろうが
真っ白なエアバッグがあちこちでしつこいくらいに膨らんでいて、なんにしたって何も見えない。
壁際のエアバッグがひとつ、しゅるしゅるとしぼんでいき
その下にいたリラの顔にぺとりと貼りついた。

「限界です。」

噛み破ったエアバッグを吐き捨てる。
拘束こそ取れたものの、自主的に動きたくもない。体中が痛い。

「もう良いでしょうよ…緊急脱出ボタンとかってどれなんです?」

「済まねえ。」

「勘弁してください…。」

正しい方向で世界を見ていた頭が、腹立ちまぎれに天を仰ぐ。
ティッシュがあって脱出ボタンが無いなんてどうかしているではないか。
溜息をつくと、がんと機体が横倒しになった。
さらに開いたエアバッグに圧迫され、息ができない。

「うおぅ…」

窓が割られ、ガラスが降り注ぐ。登ってきたのはクロだった。
特に活躍したというのでもないのに彼はどこか勝ち誇った様子である。

「…すげーよオイ、SFみてーだ。」

剥き出しの鉄で覆われた機内がかえってかっこよく映るのか、クロは子供の目で中を見渡す。
緊張感はどこへやら、かき分けるように操縦席に腰掛けると
躊躇いがちに操縦桿を撫で、

「これがシフトレバーか…?」

と、右手に触れたものを動かした。が、

「い゛ぎゃっ!」
「うぉ喋った!?」

びくりと飛び上がったクロに、遅れて登ってきた凶厄の頭がぶつかった。
ちょうどさっきぶつけていたところだ。
血がまた溢れ、凶厄はひどく奥歯を噛み締める。

とりあえず自分の驚きで手いっぱいのクロの目の前では、
エアバッグの海がもそりと動いた。
そこからやっとこ抜け出し、脚をあらぬ方向に曲げられたリラが
剣呑な視線でクロを睨みつける。

「喋ったじゃありませんよこのあんぽんたん!」

まずい、と思った。

「良くもやってくれましたねぇ!
 此方が命懸けだっていうのに何です、散々楽しんで。
 乗せられてる方の身にもなって下さいよ!
 貴方みたいな若者がいるから日本は駄目になっていくんです!」

クロは叱られた犬のようにもごもご弁明をしたが、聞こえなかった。
彼は女の金切り声が嫌いだ。
カマキリのメスがよくやるのだが、怒りを怒りのままぶつけられると
クロは何も言い返せなくなってしまう。
白骨みたいに、もっと可愛く怒れないものだろうか。
花のような女の子なら、自分ももう少し優しく相手する気になれるのだが。

幸い、このときは凶厄が割って入ってくれた。

「命懸けで勝手に襲って来やがったのは手前だろうが。」
「お黙り!私はこっちの蟷螂さんに喋ってんですよ!」

それはそれは酷い剣幕で、一瞬彼も面食らう。
だがしかし、彼は誰あろう。凶厄なのだ。

「ほぉ、理不尽な加害者サマだな。
 余所の島ぁ破壊して、いざとなったらその言い分か。」

「此方だって好きでやってんじゃ在りませんやね!
 文句ならスラバヤの皆様に仰って下さいまし!」

すらばや。
繰り返して、血まみれの口元を拭う。赤色の瞳が、お誕生日カードを受け取った
ときのような活気のある輝きを見せる。

「スラバヤ…?何か恨まれるようなことでもしたのかよ凶厄。」

「あそこのメスグモに手を出した覚えはねぇが…
 …ああ。この前のロボット騒ぎの。」

凶厄の唇が不吉に上がった。
その笑みに何を予感したのだろう。急にリラは目を逸らし、

「…私、そろそろお暇しようかしら。」

「お利口だな。ただし、かばう気がねぇならスラバヤには戻らねえことだ。」

「ご忠告どうも。」

軽く肩をすくめ、ひらりと姿を消す。
クロには何がなんだかさっぱりだ。

「なぁなぁ凶厄、どうしてスラバヤに行っちゃいけねんだよ。」

ゆっくりと歩いていった凶厄の後を追うと、

「俺達は行くんだぞ、ゴキ。」
「え、なんで、」
「お礼はたっぷりしねぇとなぁ…?」

そのときにかっと牙を剥いた凶厄の笑顔は、まるで背筋に冷水を注がれたよう。
ひとつ身震いして、クロは歩みを早めた。




その後のスラバヤがどうなったかはとんと聞かないのだが、
話すとするなら余談がひとつ。
凶厄とクロが妙に上機嫌で帰ってきた頃、
島主であるエンジュが荒れ果てた島に立ち竦み、
「どうなっちゃってんだろね……」
と、涙ぐんでいたという。いつも通りの出来事だ。