16. in ロイヤルフェニックス

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ロイヤルフェニックスは助走をつけると、鉄の翼をばさりと展開し、たちまち空へと舞い上がった。
緩やかな円を描きながら高度を上げていたその姿はみるみるうちに点のように小さくなり、やがてまっすぐにGLLの方向へと進路を定める。

コクピットでは、操縦レバーを握りながら、ジャスタスは今回のプランに抜かりがないか考えていた。
思い返すに姑息な手段だ。しかし、行き当たりばったりで考えたにしては、周到だと、彼は自負している。
用意できた機材は全て一流のものだし、上空から見下ろす限りでは人出も少ない。
唯一の誤算といえばリラが抜けたことくらい……おかげでジャスタスはロボットの操縦を肩代わりすることになったわけだが
逆に言えばカバーできる程度で済んだのだから、厄払いにはうってつけといったところだ。
ドルテと合流できないのは残念だが、GLLに突入するよりはロボットを操縦していたほうが逮捕のリスクも少ないわけだし
何より、お世辞にも運転が上手とはいえないリラに機体を預けるよりは、計画の成功率も上がるというものだろう……

「ん?」

だが、いくら勝利の予感に酔っていたとしても
そのとき背中をすり抜けていった視線に気づかないほど、彼は気を抜いてはいなかった。
積荷の方向を振り向いてみるが、そこには何も居ない。

「……カンボ君、ふざけてるんじゃないだろうな」

きっとここには居ない欠員のせいだと、ジャスタスは自分に言い聞かせる。
自由気ままというか、自分勝手なリラのこと。
コクピットからトランクへの抜け道を知っていれば、
雨風をしのげるとか言って荷物の隙間で寝ていたなんてことも十分ありそうな話である。
昨日彼女が送ってきた妙なカミヒコーキのことがジャスタスの脳裏に引っかかっていたが、
少し上がり過ぎていた高度計に気付き、慌ててハンドルを下に切る。
GLL入場門まであと少し。そういつまでも前方不注意でいるわけにもいかない。


GLLは一見すると、低い石塀で囲われているだけであるが
実際は上空にも見えない魔法のバリアが張り巡らされており、そう簡単には侵入できないようになっている。
これはアイランド事務局が技術の粋を極めて張った、なかなかあなどることのできない頑丈なもので
それならばむしろ地上を通ったほうがセキュリティは甘いくらいの代物だ。
魔法の壁はともかく、鍵ならば物理的に破って突破することができる。

危険なバリアを目測でを避けながら、敷地を旋回するが
スタッフの少ない木曜の午前。メンテナンスの前とくればシステムのガタも一番ひどくて
石塀の際にバグの巣のようなものも見受けられる。
徐々に高度を下げながら、これならばそう苦労はしなさそうだなとジャスタスは踏んだ。
門の前で派手に暴れることさえできれば良いので、ロイヤルと言う名前に反して装備はそんなに充実していない。
積荷が重いこともあり、攻撃手段は踏みつけくらい。できることといえばせいぜい/searchの無効化くらいが籍の山である。

と、再び気配を感じたのは、次の瞬間だ。
どっと波のように押し寄せてくる殺気は、さきほどの気配で気付いていなければ避けられなかったに違いない。
運転をオートに戻すのもままならないまま、コンソールに伏せると
頭すれすれ間一髪の距離を平らなものがすりぬけ、
風を切る音は、一瞬遅れて聞こえてきた。

「あんさん、相変わらず気ぃ小さいな。近寄るん、えらい苦労するわ」

もうちょい肩の力抜いてもええねんで、と
すっかり血の気の引いているジャスタスの真上から声は降ってくる。
悲しいかな、ピグミークローンの敏感な耳は
ごく、と唾を呑む音ばかりを大きく捉えた。
どうやら相手は天井にぶら下がっている。だのに、衣擦れの音すらしない。
感じるのは首をなぞる、ぴっかぴかに磨き上げられた鎌の刃先ばかりである。
しかも
しかも、もしかしなくたってこの声は、自分の商売敵ではなかったか。