03. vsボーイソプラノ
「…みゅくしゅん!」
次の朝、兄弟は菜乃葉のくしゃみで目を覚ました。
冷たい石の廊下は朝の冷気を吸って飛び上がるほどに寒く
続いてアサルトにもくしゃみはうつった。
「にいさ…くちゅん!」
「みゅふふっ。おはようアサルトー。
僕たち、どうしてこんなところで寝てるんだろうねー。」
トイレに起きて、ちっちゃいジャスタスさんがいて、階段からおちて。
指折り覚えていることを確認する菜乃葉は
くすくすと笑いながら、まだ半分夢の世界にいるのか、アサルトの肩に向けてゆっくりと傾いていく。
そもそも最初から起きていたアサルトは、本格的にぱちっと目覚め
兄の体を抱きとめながら慌て始める。
「に、兄さん!?そうだ兄さん階段から…大丈夫だろうか怪我はない!?
どうしようもうこんなに明るい、みんな朝ごはんは食べられたのかな
ああもうデンジャラースさんも今頃どうなってるのかあぁあぁあ…!」
「ノンノンノン。」
「へ?」
「みゅふー、おはようデンジャラースさんー。」
振り返ると、白いフリフリエプロンに、紫のほっかむりをしたデンジャラースが居て
アサルトはまだ自分が覚醒していないのだと思った。いくらなんでもあり得ない。
しかし彼は軽く眉を顰め、舌を鳴らして指を振った。
「私のことはお父さんと呼びなさいと教えてるはずデースけど…?」
「あっ、そうでしたお父さん…」
「おとーさんおはよー。」
「は〜い、グッモーニンです私の愛しい双子BOYs。」
「そう、で、ですよお父さん!
兄さんを病院に連れてかなきゃいけないんです!あなたもです!
僕朝ごはんも作ってないし、みんなきっとお腹すかせて
っていうか何か盗まれているはずですよ屋敷中を探しましょう!
い、いやそれ以前に寝ててください!体が心配です!」
今度は菜乃葉を放り出して、デンジャラースに食らいつくアサルト。
みゅあー、と和む声をあげ、菜乃葉が床に伸びていく。
エプロンの裾を握り、泣き出しそうな声すら上げるアサルトを
デンジャラースはくすりと笑って抱きしめた。
「安心して欲しいデース。ノご飯は私が作りましたのデースよ。」
真っ白なフリルんぽすんと顔をうずめたまま、アサルトが答える。
「で、でも、あなたは、あんな体調でそんなこと…」
昨晩のデンジャラースの様子がアサルトの脳裏に蘇る。
乱れた布団の上で、目も閉じずにぐったりとしていた体。
服も纏わず、口からは粘液質の液体が零れていたが
あれは決して媚薬などではない。おそらくは幻覚剤の一種だろう。
ダメ、絶対。のあれだ。
「体調?何のことかサッパーリわかりませんデースよ。
とにかく今日の私はひっじょーに機嫌が良いのデース!
イケイケドンドーン!」
が、アサルトの心配とは裏腹に、デンジャラースは大きくガッツポーズをし
スキップでキッチンのほうへ去っていってしまう。
その様子だと、まだ効果が残っているのだろうか。
いや、もしかすると…
「新しい子でも、よんだのかなぁ?」
「…嫌な予感がするなぁ。」
双子は顔を見合わせる。
「ねぇ、きいてもいい?」
「…ぁんだよ…」
えんまはおわんの中の虫をぐっしゃりぐしゃりと景気よく潰しながら尋ねた。
「これがムカデでしょう、ゴキブリでしょう…これ、なんだろう。」
「聞くな。」
三番目に指差した虫は得体の知れない茶色にクロの斑点がこれでもかというくらいついている
大きな甲虫だ。潰すと黄色い液体を分泌し、ギシシシシと笑い声に似た音を立てる。
しかも不味いのだ。
「よくこんな虫みつけてきたね。やどかり亭にはこんなのうってないしね。」
「そうだな。」
「ぼく、はじめてたべるけどさ、もうにどとたべたくないな。」
「金がねーんだっつったろ!しずみに買ってもらった虫も返品しちまったしよう。
俺たちで拾ってくるっきゃねーんだよ。鼻つまんで食え!」
喧々囂々と、騒がしい(そして不味い)食卓を二人が営んでいると
一人の放浪が「お届け者でーす」と、場違いに明るい大声でやってきた。
「はいはいちょっとまって…あれ、これジャスタスさんからだよ。
ごめんね、はいたつのひと。うち、もうおかねがないんだ。」
えんまは肩を竦め、申し訳無さそうにお辞儀をひとつ。
いくつも置かれた大ぶりの箱の一個をとり、はい、と付き返す。
淡い黄色のマウンテンピグミーで、珍しくもえんまより長身の配達員は
鋭い目に似合わずきょとんと彼を見上げた。
「はぁ…?いえ、着払いじゃないんで、お金はいりませんけど…。」
「え、えぇえぇえぇえぇえ!?」
二人分の、長さから音程までまったくシンクロした叫びが響く。
配達員が驚いたのは言うまでも無い。
驚いていないで、逃げたほうが得策だったのだが。
「うそだ!」
「触るなえんま!
こいつぁ罠の臭いがぷんぷんするぜぇ…あの野郎最初から…
おい!貴様もグルだな猿!とっちめてやらぁ!」
「ちょ、罠じゃないんで受け取ってくださいよ!
しかもどさくさにまぎれて猿とか言わないで下さいお客さん!」
配達員は面倒な客に当たってしまったとばかりに
全身で否定しながらおたおたと後ずさる。
彼はごつく見えて、気は優しいのだ。
「喜んでくれると思ったのだがな。」
そう、配達員に詰め寄られるいわれはない。
島の境まで二人に追いやられ、水に落っこちる寸前の彼に救いの手が伸びた。
ちゃぶ台のそばでにやにやしている。ジャスタスだ。
「ほんっ とーに無礼な奴だよ君は。
…わ、何だこれ。ひどいもの食ってるな。」
「堂々と来やがったじゃねーかジャスタスよう…
荷物くれぇ自分で運んでくりゃ、配送料もケチれたかもしんねーなぁ…」
チューヅは黒幕を前に、低くすごんだ。
青白い手が翻り、その合図を受けて配達員がどこかへ移動する。
判断が付かずに、えんまは腕の中の荷物を振ったり、眺めたりしている。
ジャスタスは首を軽く傾け、余裕の表情を浮かべた。
チューヅの神経を逆なでする笑み。
「こんな鉄の塊、運べてたまるか。
僕は箸より重いものなんか持ったこと無いんだぞ。」
「鉄だぁ?」
「わー!ねぇチュー、見て見てこれ!すごいよ!
チューの欲しがってたものいっぱい!」
えんまが、まるで女の子のような歓声をあげた。
箱を覗いてきゃあきゃあ言っていたが
チューヅを問答無用で抱え上げ、箱の淵まで持ち上げる。
同じく箱を覗き込んだチューヅはといえば
一瞬大きく身を乗り出したかと思うと、へなへなと脱力してしまった。
合金の板が何枚も。高級なエンジン。
「おめぇ…」
潤んだ声でそれしか言えない。
「資金調達してたんだよ。君たちは罠だのなんだの、ひどいことを言っていたようだが?
さぁ、これで満足かね。
足りないものがあればいくらでも買ってやるから安心したまえ。」
ジャスタスはぴっと懐から一枚の板を取り出し、ひらひら見せびらかしてみせる。
「なんだい、その板!おかねじゃない!」
「すっげー!クレジットカードじゃねーか!おめ!すげぇな!」
「あっはっはっは。僕様に向かって何を寝ぼけたことを。
これからは心置きなくジャスタス様と呼んでくれたまえ…って聞いてるか?」
上機嫌で威張り散らす彼だが、騒ぐ二人の視線が自分に向かっていないことにはっとした。
賞賛されているのはカードだ。いつのまにかチューヅの手にしっかりと握られている。
「よし、えんま!行くぜ!」
「うん、やどかり亭だね!」
一気に顔色を変えたジャスタスは完全に無いものとして
えんまとチューヅはエンディングのサザエさん一家さながらに浮かれる。
「待て待て待て食費に使うんじゃないんだっつのコラ
大人しくムカデでも食ってろ貧乏人めが!」
「カブトムシがひゃっぴき買えるね!」
「ああ、バッタもだ!」
「聞けよ!」
そのクレジットカードを使ってGLLパスを買えばいいという事実に
幸せな彼らは気づかない。
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