03. vsボーイソプラノ
「ふみゅ…っ!」
両肩を突き飛ばされた菜乃葉の体が宙を舞い、階下目掛けて落ちていく。
その間に少年は手すりを滑り降り、一目散に出口目掛けて走った。
最初の曲がり角に辿り着くまでかなりある。無駄な距離が疎ましい。
別の階段を通ったのだろう、進行方向に菜乃葉にそっくりな少年が走り降りてきた。
弟のアサルトだ。水色のエプロンを翻す様子は家庭的だが、表情は殺気に満ちている。
どうやらデンジャラースの始末が感づかれたらしい。
彼を突き飛ばして少年は走りつづけるが
「逃がすかっ!/sling !」
アサルトが投げたナイフが足首に突き刺さり、無様に転んだ。
二本目が袖口を床に縫いとめ、ナイフの持ち主が追いかけてくる。
息を切らしながらやってくる菜乃葉の声。ふみゅぅと鳴いて、彼は倒した少年の背中の重しになった。
「よくも父さんと兄さんを…答えろ。何が目的だ。」
袖のナイフを引き抜きながら、厳しい口調でアサルトが問い正す。
「これでも穏便にやっているつもりだ、感謝して欲しいね。」
「僕が聞いているのは目的です、ジャスタスさん。」
「あ、アサルトっ!」
菜乃葉が慌てて口をはさんだ。
「アサルト、ジャスタスさんはこんな若くないでしょ。人違いは失礼になっちゃうよ。」
ぴっと人差し指を立てて自身満々の菜乃葉にアサルトは溜息をつき
「…兄さん…彼は/smallを使っているんだと、思い当たって欲しい…。」
「え、えええっ!?そうなの!?」
「いかにも。」
雷に打たれたような菜乃葉に、小馬鹿にしたように笑いを漏らすジャスタス少年。
アサルトはその態度にむっとしたようだったが、お返しに同じような口振りで返してやる。
「まぁ、今の貴方は毛が豊かだから、解らなくても仕方ないかも知れませんね。
いつもの貴方と違って、悔しいけれど、父さんの好きそうな見た目になっている。」
「…何だと?」
今までと違う反応にアサルトはさらに挑発的に出た。
「もしかして…貴方は父さんが好きなんですか?
でなければ、そんな姿になってまでここに居る理由が解らない。ね、兄さん?」
え、う、うん。菜乃葉は慌てて頷く。
うつ伏せに倒れたジャスタスが怒りの篭った目でアサルトを見上げた。本気で頭に来たらしい。
ゆっくりと立ち上がりながら、アサルトは手ごたえを感じる。
「あの男なんぞに興味はないさ、金持ちでさえ無けりゃな。」
掛かった。
「スラバヤがGLL占領を企んでいてね。資金が要り用なんだ。
僕のポケットマネーで賄えないことも無いんだが
使わずに済むならそれが一番だからな。
そこでデンジャラース氏を当たってみたわけさ。
彼の莫大な財産なら、どんな大きなことだって出来るだろう。
ああ、そりゃもう湯水の如く使ってやるさ。彼よりも有意義にな。
どうせ合意の上でやってることだ。
ちょっとねだっただけで、快諾してくれたよ。
こんな美少年をはべらせて、夜はぐっすり眠れる。
財布預けるくらい、安いもんだろ?」
「ほんとに泥棒さんだったなんて…。」
菜乃葉が残念そうに呟いた。
悪役とはえてして喋りたがるものである。口を押さえたってもう遅い。
アサルトは不敵に笑い、横に回って屈みこむ。
「全部喋ってくれて有難うございます。兄さん、上着を。」
ズボンのポケットに手を入れて調べ、菜乃葉が上着を脱がせてアサルトに渡す。
中身を調べられては困るのだろうか。返せとうるさいジャスタスに構わず
アサルトは上着をしゃかしゃか振ってみた。何か盗ったに違いない。
「糞餓鬼めが!/big!」
「ふみゅうっ!」
焦りがピークに達したらしい。
小さな煙と共に魔法が解け、ジャスタスが大人の姿に戻り
お尻の下の質量が変わったせいで、菜乃葉はころんと転げ落ちてしまう。
パジャマの襟首がぐいと引っ張られ、彼の足が地面を離れ
アサルトが彼を見上げるようにして、あっと叫ぶのが見えた。
痛い。ほっぺたに何かが突きつけられ、頭の後ろで声が聞こえる。
「動くな。上着を返してもらおうか。」
足首から引き抜いたナイフを菜乃葉の頬に構え、ジャスタスが言った。
腕の中で地に着かない足をばたばたさせながら菜乃葉が叫んでいる。
「だめっ!アサルト、泥棒されたの取り返して!」
「何を迷っている?早くしないと兄さんの顔が台無しになってしまうぞ。」
アサルトの足は強張って、凍り付いてしまったかのように動かない。
こんな卑怯な手段に屈したくないのが本当だ。しかし…
「さっさと渡せ!いい加減凍えそうなんだよこっちは!」
ジャスタスが声を荒げた。
菜乃葉のほっぺたにひたひたとナイフで叩く音がする。
かなり切羽詰まった様子で、何をするかわからない。
彼に出来ることといえば、下唇を噛み締めるだけ。
いっそ凍死しろと言いたかったが、大切な兄を傷つけたくないから
アサルトはつかつか歩いてきて、投げやりに上着を突き出した。
菜乃葉が悔しそうな鳴き声をあげる。
「有難うな!」
ジャスタスは注意深く手を伸ばし、そして上着ではなくアサルトの手首を掴んだ。
ぐいとアサルトを引き寄せると、その鳩尾に力いっぱい蹴りを入れる。
声を上げる間もなく彼の意識は一瞬でふつりと途切れる。
解放されてアサルトに駆け寄る菜乃葉の首にも手刀が入った。
眠るように倒れる2人の少年をジャスタスは冷たい目で見下ろすと
「余計な手間とらせやがって…」
と呟き、上着をひったくるようにして立ち去っていった。
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