03. vsボーイソプラノ

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エプロンの紐を結びながら、アサルトがキッチンに入ってきた。
屋敷で一番早く起きるのは彼だ。日はまだ昇っていない。
やかんを火に掛け、卵やベーコンを取り出す。
たくさんの朝ごはんを作るのには、とても時間がかかるのだ。
何か動いた気がして外に目をやると
中庭を超えて向こうのデンジャラースの部屋の窓、
そこの電気が消えたらしい。
包丁を手に取りかけて、アサルトの頭にふと疑問符が浮かんだ。
他の少年達の嫉妬に気を使ってか、彼が一晩中電気を付けていることは少ない。
夜に何か照らすときはいつもサイドランプを使うのだ。
しばしの間、手元と窓を往復する視線。
杞憂で済むと良いと思いながらアサルトはキッチンを離れた。





あの変態め、危うく婿に行けなくなる所だ。
陰間の真似事などするもんじゃないな。薬で誤魔化したから良かったものの…
…ったく、まだ触られてる気がする。気持ちが悪い。

ぶつぶつと心中で愚痴りながら、例の少年は屋敷の廊下を歩いていた。
上着一枚だけではかなり冷えるから
機嫌が悪いのことも原因なのだろう、ひっきりなしに文句を垂れ続けている。
さっきまで切なげにデンジャラースに擦りよっていたのに
なんだか聞かなかったことにしたい気分になるが、
見た目と内容は比例しないこともあるのだ。
要するに、少年に『そういう』趣味は無かった。

屋敷は広い。
玄関に辿り着く前なのに、てくてくと歩き続けなければならない。
だいたいの子供が眠っている時間帯なので気づかれる心配は殆ど無いけれど
キッチンの電気がついていたから、アサルトが起きた頃だと思う。
夜明けまではまだまだあるが、見つからないうちに出て行ったほうが良さそうだ。
最初の階段に辿り着き、さあ降りようと足をかけると

はたり。
偶然にもトイレの帰り道を行く
メロン色のラヴォクスと鉢合ってしまった。



「誰みゅう?」

青いパジャマの男の子、菜乃葉は
一瞬誰かが居た(もう誰も居ないが)階段の上に向って
耳や尻尾とお揃いのメロン色の瞳をくりくりさせた。
彼の見ている場所のすぐ脇の支柱では
少年が息を潜めて隠れている。
まずかった。この状況といいリアクションといい、不振者以外の何者でもない。

「…泥棒、さん?」

ひたひたと菜乃葉が階段を上がってくる音がする。
どうしようかと考えあぐねているうちに、ひょっこりと可愛らしい顔が覗きこむ。

「あのぅ…誰?」

どうしようどうしようどうしよう。

「デンジャラースさんの…お知り合いですか?」

はいそうですと言うか?駄目だ。
そんなことをすれば菜乃葉はきっと引き止めるだろうし、
下手すると今、彼の元に連行されてしまう可能性もある。
もし薬でイッてしまっている彼の様子を見られたら――
一巻の終わりだった。
今だけはなんとしてもごまかさなければならない。
彼は愛想笑いを浮かべ、決断を下した。