「ドウダッタ?」
午前の試合を終え、保健室に入ってきたえんまは、照れたように笑ってVサインを返した。
上半身にいくつかの痣ができていたが
土ぼこりがついていないところを見ると、難なく勝つことができたらしい。
ドルテは嬌声をあげてえんまに飛びつき、6本もある腕で恒例のハイタッチをかます。
「Hey、ダリン喜ベ!えんまが居ればきっとアンタイだよ!
アタシタチ、まだまだチャンピオン狙えるダネ!」
やる気を見せない恋人を、促すようにドルテは叫ぶ。
ジャスタスは壁際の椅子に座ってふたりを眺めながら
魂の抜けたような顔で右足の負傷を冷やしていた。
えんまが勝ったと聞いても喜ぶそぶりも見せず、それどころか半ば絶望の色すら濃い。
ドルテは不満げにチッチと舌を鳴らした。
肝心のダーリンがこんなだから彼女は試合を見られなかったのだ。
「OhNo…ダリンはずーとこんな調子ダヨ…
サ、エンマも帰てきたことダカラ、おぶってモラッテ帰るがヨロシ!」
「そうだねえ!ぼく、おなかすいちゃったなあ!
ジャスタスさんも、ほら。ごはんたべないと、げんきにならないよ。」
パンパンと手を叩いて急かすドルテに、うきうきと荷物をとるえんま。
ふたりは完全に浮かれていて、先のことを楽観視していた。
「…君に、」
唐突に、暗い声がふたりを引き止めるまでは。
「言っておくことがある。」
声はえんまに向けられていた。
えんまとドルテの注目がジャスタスに集まる。
彼の空ろな目は頑なに床の一点に向けられたまま動こうともせず
あからさまな不吉さでいっぱいだ。
ジャスタスが敗退した身分で部屋に帰りづらいのは当然だが、
これを聞いても、まだ"君たちは"のうのうと部屋に帰れる気分でいられるか?
彼の声はそんな問いを含んでいた。
「…君は知らないかと思うが、今日の午後の試合は
僕と君が戦う可能性があったんだ…これはドルテにも話したな?」
「ウン!So、えんまのほうが断然有利カラ、ダリンは早いウチに降参シチャオと思ってたのコトデショ?」
ジャスタスが頷く。
えんまは、知らない間にそんなことまで話し合われていたことに素直に驚いた。
「あ、でもさ、ジャスタスさんは負けたから
ぼくとジャスタスさんは、たたかわなくっていいんだね。そうだろ?」
ジャスタスがもう一度頷く。頭の中でがんがん声に罵られているのか、眉間に鋭く皴が寄る。
えんまは彼の表情の変化は気にとめず、
自分の嬉しい予想が当たったことに顔をほころばせた。
「よかったあ!じゃあ、ぼくはこれで、なんにもきにしないでたたかえ…」
「その代わり、君はチュータツ君と戦うことになった。」
喜びを遮って、事実が突きつけられる。
ジャスタスのいっていることは冗談でも何でもなかった。
ジャスタスが負けたのだから、彼の試合での勝者、つまりチュータツがえんまと戦うことになる。
当たり前のことだ。
というよりも、チュータツとえんまが勝ち上がり続ければ、いつか必ず戦うときが来るのも
これも当たり前だ。
「…え。」
当たり前なのだが、えんまにはたずね返すことしか出来なかった。
まさか、こんなに早く、その時が来てしまうだなんて。
BACK