ギュニア杯初日試合終了

page: 01.02.03.
夕焼けに空が染まりだした頃、試合を終えた選手たちが列を成してホテルに戻っていく。

パキケフーズで薦められるままに買った蛹の詰め合わせを籠いっぱいに持ち、
黒鋼刃も帰りを急いでいた。
救護から紙ヒコーキが来ていて、チューヅが意識を取り戻したことと
彼から聞いた居場所を教えてくれた。
試合を見ていて遅くなってしまったが、なんとしても今日中に彼に会いたかった。

「…許して貰えれば良いけれど。」

誰にともなく呟く。
勝ち負けがあるのは勝負なのだから当たり前だ。
だが、相手に恥を掻かせるような勝ち方をしてしまったことが、黒鋼刃には我慢ならなかった。

「放して下さい!」

と、ただならぬ声が彼を現実に引き戻す。

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夕焼けに染まった空をきって、ひとつの紙ヒコーキが飛んでいく。
ふらふらおぼつかない軌道を描くそれは
人ごみの脇の、ひときわ大きな身長のオーガの手につかまえられた。

「えーっと、ミミズを200gと、フウセンコガネ、ムラサキシジミ、…」

えんまは封を切って、漢字ではなかったせいか、たどたどしく読み上げる。
部屋からの買い物メモだ。

「買ってこられるか?僕はドルテを部屋まで送りたいんだが。」

「へいきだよ。まいごになったら紙ヒコーキするから、むかえにきて。」

誇ることでもないような気もするが、自信たっぷりに答えたえんまだから
まぁ、おつかいくらいは容易いだろう。

「オヤツも買てきてヨネ。」

「いいだろう…よし、混まないうちに行くぞ。達者でな。」

人の少ない道を物色しながら、ジャスタスが念を押し
隙間をぬって進んでいく。




「綿菓子をひとつ、」

聞き覚えのある声が耳に入り
家路を急ぐドルテとジャスタスがきょろきょろ辺りを見渡すと、
今まさに、綿菓子を買い求めている最中の一羽のカンボジャクが目に留まった。
髪はさっぱりとしたショートカットに揃え、
袖口の膨らんだ、空色のワンピースを身に纏っている。
入場したときは若葉色だった筈なのに、
この短期間でどれほどコガネグモを食べたのやら―
――様変わりして見えるが、それは確かにリラだった。

「ナニヤテルダ。じぇんじぇん変装できてnothing」

「人ごみを嫌がってたのはあいつのほうだろう。何故ここにいる?」

ジャスタスはあからさまに眉を顰め、
ドルテを隠しながら彼女に近寄っていったが
リラはまったく気づく様子が無い。
ホオベニムクチョウにトランスフォームしていた時とほぼ変わらない格好だから
身元はばれないだろうが、ノーパスで動き回って危ないのは言うまでも無いことだ。
著しい警戒心の欠如。まるで飼い主持ちのリヴリーのようだ。

「リラ!」

殺した声でドルテが呼び止める。
リラは振り向いたもののふたりの姿が目に入らないようで、
周囲をきょろきょろ探しているところを
ジャスタスに腕を掴まれる。
いつにも増してオーバーに飛びあがりながらリラは振り向き
軽蔑のこもった、というより怯えの全面に出た目つきでふたりを見る。

「あ、の…ど、どなたですか?」

「何をふざけているんだ。ひとに買い物を頼んでおいて。
 出てきたんなら自分で行けば良かっただろう。」

きまりが悪いのか、リラはさらにびくりと身を竦ませる。
何も言わない相手に、ジャスタスは苛ついたため息をつき、

「おいおい…まさかチームのメンバーじゃないからって、
まだ意地はってるんじゃないだろうな。
 GLLまで着いてきておいて、今更過ぎるぞ。」

「え、ええと…何の話ですか?」

どうも話がちぐはぐだ。
怪訝に思ったのか、ドルテが彼女の襟元に鼻を近づけてみる。
埃や砂の匂いの代わりに石鹸の香り。
そしてその奥に間違いなく彼女の痩せた匂い。

「オマエ…リラだワヨネ?」

「そうですけど…」

「ダレカに/mirrorシタ…?」

「違います、けど…」

不振がるドルテに釣られて、
ジャスタスもリラの顔をもう一度まじまじと眺める。
服装と目の金具がないせいで少し見辛いが
金具の外れた顔は、目にものが入った時や顔を洗うときなんかに何度も見ているから解るが相違ない。リラだ。

「しぶといな。顔も声も名前も種類も同じままで
 僕らの目は騙せないぞ。」

「そんな…」

「第一こんな不細工が何羽もいてたまるか。とっとと部屋に戻って…」

言いながら、ジャスタスがもう一度腕を引いて
しょっぴいて行こうとすると、
鉄の塊を引っ張ったときのような突っ張りに阻まれた。
彼が振り向くとフードの下から覗くドルテの口の形が
アチャーの形に歪んでおり、そして彼の目の前には
涙をいっぱいに浮かべて睨むリラの目があった。

「な、ななんだよ。」

思わずどもって聞き返すと、リラは俯いて首を振る。

「泣かなくても良いだろ…」

「放して下さい!」

機嫌をとるように引っ張った袖を激しく振り払い、
リラは人の群れの中に飛び込もうとする。

「Wait、ソッチはデンジャラs…Ah!?」

追いかけようとしたドルテは、咄嗟に何者かに突き飛ばされ
たくさんの足と足の間に転がりこんだ。
群集はジャスタスのほうに注目しているようで、
図らずも人影に身を隠すことができる。
尻餅をついた彼女の前、ジャスタスとの隙間に壁を作るように、黒い影が立ちはだかった。

「そこの方。」

漆黒の挑発に、長身の体躯。
チューヅと対戦した、プリミティブブラッグドッグだ。
ただでさえ厳しい顔に、怒りの色を濃く滲ませている。

「女の子を泣かせるとは感心しないな。」

肩に掛けた手は紛れもない、戦士のもの。

「い、いや、奴は僕らの連れで…」

「あっらー、そうは見えなかったけど?」

別のパキケが後ろからジャスタスの腕をつかむ。
バトル会場の性なのか、人々には血の気が多い。
格好のイベントとばかりに加勢してくる。

「誤解だ!その…別に僕のせいじゃ…」

「悪いのは明らかにアンタでしょ?」

「謝れよ!」

思わずローブを取ってリヴリー達を蹴散らそうとするドルテだが、
野次馬に囲まれて見えなくなっていくジャスタスが
かえれ、と口だけで言ったのを見て
やむなく身を伏せながら通り過ぎた。