ギュニア杯初日午前:えんま vs ソンフィ
揺らめきながら意識が浮上すると、真っ白な天井がチューヅの目に飛び込んできた。
「おはよう御座います。」
続いて、いやによそよそしい声が聞こえた。
顔を傾けると首筋が痛み、枕元にリラが座って雑誌を読んでいるのが見える。
目の隅なのではっきりとは見えないが、熱心に眺めているところを見るに料理の本なのだろう。
「俺…?」
「保健室に運ばれたんですよ。脳挫傷と…あと何だったかしら…内臓。
内臓がどーたらとか仰ってたような。兎に角そんなんで。」
「マジかよ。」
覚えている。チューヅは小さく返事して、まだ新しい敗北の味を噛み締めた。
初戦に、それも30秒足らずで負けたなんて無様にも程がある。
「それから貴方の部屋。チェックアウトされましたから。」
…マジかよ。チューヅは枕に頭を沈めながら嘆いた。
敗退と同時にギュニア杯の参加資格は失われ、
観戦チケットさえ買えばGLLにはいられるものの、ホテルの代金は自腹を切ることになるのだ。
体を動かすだけでとても痛む。
退院したところでチューヅとリラはえんまの部屋で雑魚寝となり、
更に誰か負ければジャスタスとドルテも一緒の五人部屋。
せっかくのGLLで入院だなんて最悪だが、
今は暑くても綿入りの布団に身を預けておくしかない。
「えんまはどうしたかな。」
気にかかっていたことが口をついて出る。
ページを繰る音が応える。
「さあ。急患も来てませんし、負けてはいないんじゃないですか。」
「心配だ。」
「彼もそう仰ってました。貴方の事をね。」
「なぁ姉御、手ぇ貸してくれ。俺が見ててやんねぇとあいつ…」
リラは無視し続けていた。
チューヅはしばらくベッドから脱しようともぞもぞしていたが
全身打撲のダメージは生半可ではなく、すぐに諦めて眠ることにした。
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「おめでとうジャスタスさん!すぐおわっちゃったね。」
「ふん、軟弱な奴だったよ…って、こら。ここは喫煙所じゃないぞ。」
そのころ。
チューヅの心配をよそに、ふたりはまずは順調な一勝を獲得していたようで、
えんまが待機場のベンチで戻ってきたジャスタスを嬉しそうに迎えていた。
屋外だから良いものの、タバコを何本吸ったのやら、
えんまの周辺だけ煙がもうもうと立ち込めている。
彼の出番はすぐ後だから、不安なのだろうか。
「ドルテちゃんもね、とっても素敵だったって。」
「ドルテが?来てるのか?」
ドルテの名を聞いて、ジャスタスの顔色が変わる。
ホテルの部屋は3階で、グラウンドまでは数分歩く程度の距離があった。
いくら彼女が擬態上手だからといって、
天井にくっついていたりしたら一発でジョロウグモだとわかってしまうし
いきなり狩られてしまうことだって、十分にありうる。
「あのね、ジャスタスさ…」
「Shat up、エンマ!」
元気に説明しようとするえんまを、彼の隣に座っていた人物が小突いて牽制する。
上や物影を大慌てで探していたジャスタスがその声に振り向き
「…君、か?」
茶色のフードとローブに身を包み、煙の匂いを全身に纏った人影が
嬉しそうにこくこく頷いた。
彼女なりに考えたのだろう。モンスターの匂いも独特のシルエットも消し、
声もできるだけ潜めている。
「リラがイナクナチャタからキテミタノヨ。」
部屋にいたほうが安全なのは確かだが、周知のとおり
ドルテは部屋で大人しくしていられるような女の子ではない。
待つことは彼女にとって一番苦手な部類のアクションだ。
ストッパーのリラがいれば部屋に残しておけるだろうが
それがチューヅに構っていなければならないとあれば、
ホテルにいようがここにいようが似たようなものだ。
「えんま君から離れるんじゃないぞ。君も煙を絶やさないでくれ。」
「うん。しやいのときは、ジャスタスさんがもっててね。」
ジャスタスは軽く頷き、えんまからタバコを1本受け取った。
「オンリー1本?」
ドルテが怪訝に尋ねかえす。
1本燃え尽きるうちにえんまの試合が終わるのか、心配な様子だ。
「なに、そんなに時間は掛からないさ。」
ギュニア杯の傾向上、初めのほうの試合では同レベル同士ので組まれていることが多く
レベルに似合わない体力を持っていれば非常に有利な状況である。
肉弾戦は素早く決めなければならない。魔法を使った戦いは、時間がかかる程有利になる。
それを知ってか、えんまにも短時間で終える自信があるらしい。
『青コーナー、えんま選手…』
アナウンスが入る。
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