ギュニア杯2日目午前:フレディオ vs キャシイ

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「…っは…」

飛ぶ、というよりよろめくような風に、あっけなくフレディオは倒れた。
思ったよりダメージを感じていないらしく、負けじとすぐにぴょんと身を起こす。

「わっ!」

しかし立ったとたんにがたがたと脚が震え、
フレディオはぱたりと倒れてしまった。

「10、9、8…」

フランツがカウントしながらフレディオに近寄る。
フレディオは仰向けになって、それきり静止していた。急所を抜かれたのだから当然だ。
体に力が入らないらしく、指と爪先が必死に動こうとしているが
紅色の瞳はがたがたと激しくぶれており、復帰できないのは目に見えていた。

「3、2、」

何故自分が動けないのか分からない、無言ながらそんな表情がフランツを見上げる。
何故動けない。もっと戦いたいのに。もっと遊びたいのに。
表情のない機械のように淡々と、フランツはカウントをするだけだ。
分厚いレンズ越しに歪んだ瞳。

「…1。フレディオ選手、戦闘不能。よってこの勝負、キャシィ選手の勝利。」

きゃーっ!
甲高い嬌声を上げて、キャシィは衣装に似合わぬガッツポーズをしてみせる。
フランツの言葉が終わると同時に救護班がフレディオに群がり、
冷たいタオルが頭にあてがわれる。

「楽しかったわよーっ!」

キャシィの声は、眠るような彼女の耳に届いただろうか。
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「勝ちましたね。」

キャシィが赤コーナーに戻ると、黒鋼刃が備え付けのベンチの上で待っていた。
送り出して以来、ずっとここにいたのだろうか。
黒こげの顔を擦り、キャシィは黒鋼刃を頭のてっぺんから下まで眺めた。

「やだー、朝からずっとここに居たってわけ?
 なんか用?あっ、もしかして、デートのお誘いとか?」

だったらお断りよ、という雰囲気を暗に漂わせながら
彼女は軽く首を傾げてみせる。
キャシィの顔だけで近寄ってくるような男だったならば
その仕草で鼻の下を伸ばす羽目になっただろう。
だが黒鋼刃は無表情できっかり三秒見据えた後、
意を決したように

「女です。」

「へ?」

唐突に発された単語にキャシィは面食らい、
長いまつげに飾られた目をぱちくりと瞬いた。
黒鋼刃は恥ずかしそうに咳払いをし

「私は男ではありません。女性です。」

はっきりと言い直す。どうやら緊張のあまり、要点だけが先走ってしまったらしい。
キャシィはもう一度、今度は驚きではなく確かめるように瞬き
相手の心に下心も冗談もないことを確認すると、
自分のしでかした過ちをようやく認知して頬に手を当てた。

「あっら、ごめんね〜。アタシったらてっきり…」

「いえ、良いのです。よく間違われるので。
 こちらこそ申し訳ありませんでした。」

まるで彼女の過失であるかのように深い後悔に顔を歪めると
黒鋼刃は深々と頭を下げた。
困ったのはキャシィのほうだ。本来なら、彼女が謝ったっていいくらいである。
黒鋼刃の頭をなだめすかしてなんとか上げさせると、キャシィは髪に手をやり
崩れた巻き髪を整える。

「もういいわよぉ。間違えちゃったのはアタシなんだからさ。ネ。
 で、黒鋼刃ちゃん、どうしてここに?もしかして次の試合なのかしらん?」

黒鋼刃はいいえ、と首を振った。

「私の試合はまだ先ですよ。
 ただ、誤解を解きたくてお待ちしていたのです。」

広い肩幅を誇示するように姿勢を正す。
黒いスーツで固めた姿こそ極道の者のようだったが
これでは江戸時代の武士が現代に迷い込んだかのような律儀さだ。

「やーっだ!」

キャシィの唇からくすりと笑みがこぼれる。

「黒鋼刃ちゃんてばおもしろーい!」

「そ、そうでしょうか…」

まだ難しい顔で突っ立っている黒鋼刃の顔を見て小さく噴きだすと
とうとうキャシィはこらえ切れず大声で笑い出した。
困る彼、いや彼女を尻目に腹を抱え、涙まで浮かべる始末だ。

「よくわかりませんが…兎も角。
 誤解が解けて何よりです。私はこれにて」

「待って!」

首を捻って立ち去ろうとする黒鋼刃の腕に、とすんとキャシィが抱きついた。
見た目よりずっと強い力で、大柄な黒鋼刃もくらりと揺れる。

「せっかく待っててくれたんだから、もうちょっとお話していきましょーよぉ!
 そうだ、いいこと思いついたー!
 アタシの部屋に来ない?昨日、おいしいケーキ屋さんのねェ…」

待合に次の試合の選手陣が流れ込んでくる。
場所を移すには良い口実だとばかりに
キャシィはぐいぐい黒鋼刃を引っ張って、長い通路の奥に消えていった。