ギュニア杯:開会式
入場の日が来た。
普段は関係者専用となっている出入り口の前には長蛇の列ができ、
さまざまな種類のリヴリー達がそれぞれの想いを胸に、
書類に入場許可印を貰うのを待ちわびている。
「へへ…ずっといてよかったね。」
「にしても一番目じゃねぇのかよ畜生。」
その行列の前から10番目ほどのところに居るのが、チームスラバヤの2人。
彼らにしては意外と行動が早く、というのもここで一夜を明かしたのだから当然だ。
欠伸をしながら、すでにやりきった感を醸すえんまを尻目に
チューヅはぶつりと零すと、人並み越しに、最前列に並んでいるクンパを睨む。
「いいじゃあないか。さいしょにはいっても、さいごにはいっても、
おんなじことなんだからさ。」
えんまがにこりと返したところで、
受付ブースでカタンと音がして、受付のケマリが顔を出した。
「只今より、ギュニア杯出場選手の入場を開始します!」
とたんに辺りがざわめきはじめ、
一匹の大きな芋虫のように、ゆっくりと行列が進み始める。
チケットの偽造や黒魔術など、
危険なものの持ち込みを排除するため厳戒体制が敷かれているが
それでも一人あたり一分くらいの速度で入り口の中に飲み込まれてゆく。
「ジャスタスさんたち、ほんとにくるのかな。」
「全くだぜ。俺らのこと徒労だとかなんとか言いくさりやがって…
この分だと今から並んだってぜってー間に合わねぇぞ?」
後ろを向いて流されながら、えんまが心配そうに呟いた。
早いペースとはいえ、受付期間は今日しかないので
あまり遅く受け付けすると放棄とみなされる可能性もある。
ジャスタスとリラとドルテが加わったところで実質戦力になるのは1人だけなのだが、
さすがに何のスキルもないチューヅ達だけで出場するのは厳しい。
やきもきしたままえんまが「飼い主名にふりがなはいりませんが」などと
苦笑されながらゲートを通り、
チューヅの目の前にケマリが手を差し出した、すると
「急病人です、通して下さいっ!」
突如、厳しい声が割って入るなり、
ホオベニムクチョウの看護婦がふたり、
血のついた白い布を被せた担架を担いで走ってきた。
道を空ける者と突き飛ばされる者とで、行列がばらりと崩れる。
道でも塞ごうものなら、そのヒールにひき殺されてしまいそうな勢いだ。
突然のことでマニュアルもないのか、ケマリはしばらくあたふたとしていたが
看護婦のただならぬ形相に睨まれて
入り口のチェーンに手を掛けながら「患者の身分と入場証を、」と迫る。
担架の後ろを持っていた藍色で長身の看護婦が右胸のカードを指差し、
許可を得ると慌ただしく駆け去っていった。
「おっと、俺らのが先だぜ。」
受付が看護婦から受け取った用紙に判を押そうとすると、
チューヅがその間に自分の用紙を滑り込ませて言った。
「はいどうぞ。お連れさんと連番ですね。健闘を祈ります。」
受付は苦笑して判を押すと、早速えんまのほうへ飛びついていった彼を見送る。
毎年、何故か連番にこだわる選手というのはいるもので、
いつまでもゴネている選手までいるため、
受付は目をつぶってそういう願いをかなえてやっている。
…だが、仲の良い友達だろうと連番だろうと、戦闘相手に選ばれないという保証はない。
受け付けは何年もギュニア杯に立ち会って、
身内同士が友情を捨てて殴り合うのを嫌というほど見てきた。
「早めに負けてしまうのも得策ですよ。」
ちらりと思って、さっきの患者―
―ジャスタスとかいう名のピグミークローンの書類に判を押した。
まだ入場者の少ないGLLの中を、担架はまっすぐホテルまで走り、
ホテル1Fの医務室――を通り過ぎ、人影のない非常階段に出ると
狙ったように監視カメラの死角に止まる。
「ミッション・コンプリーテッド。」
布ににじむ血の量からは想像もできない元気な声。
それは確かに担架から聞こえてきた。
白い布がもそりと動き、鉛色の腕が植物じみた動きで這い出してくる。
ジョロウグモだ。
そう。担架の中身は急病人、というのは真っ赤な嘘で、
ならば、看護婦も偽物な訳である。
「汚い手口ですこと…何故私まで加担しなきゃならないのやら。」
担架の前を担っていた、萌黄色で背の低いほうの看護婦が、俯けていた顔を上げる。
尾羽を直すと、黒くて長い飾り羽がぴょこんと飛び出した。
走っていると意外や目立たないものだが、彼女の顔立ちはムクチョウのそれとは
微妙に異なっており、懐から取り出した奇妙な金具で瞼を固定すると
その正体は、カンボジャクだ。
肩までの短髪はいつの間にやら腰までかかる一つ括りに変わっており、
一見したら、さっきの看護婦には見えないだろう。
「暇人が何を抜かすか。仲間に入れてやってるだけ感謝したまえ。」
もうひとりの看護婦は悪どい微笑みを浮かべると小さく煙をあげて、
坊主頭のピグミークローンに変化した。
僅かに青の混じっているらしい毛色は濃く、今はほとんど黒にしか見えない。
こちらもまたどう見ても別人だ。
もしGLL側が侵入者に気づいたとしても、彼らがマークされることはないだろう。
「証拠隠滅!サァテ、部屋行くダゾ。タノシミ!」
担架を真っ二つに折り畳みながら、輸入されてきたジョロウグモが出てくる。
ふたりのリヴリーにsmallの呪文をかけさせると、
ジョロウグモはホテルの壁に糸を仕掛け、するする上へと登っていった。
GLLの入場門から入った場合、まっすぐ中央広場にたどり着くが、
今回の特設入り口はホテルワイズウッドの裏口に直結していた。
ロビーで各自の対戦表とリンク豆を受け取り、会場へ飛ぶ。
四カ所の島が用意されているらしく、チューヅ達は西会場の出場者だった。
「いがいとすくないね。」
そうはいってもどかどか無遠慮に流れ込む人混みに流されないように、
えんまがチューヅの腕をつかみあげた。
チューヅは頭によじ登って得意気に周囲を見渡している。
「会場が違うからな…あ、いやがったぜ奴ら!」
少し背伸びをすると、あちらでも気づいたらしい、
ジャスタスがえんまを見つけて手招きするのが見えた。
人の少ない壁際を見つけて、うまいこと休んでいる。
「やっほージャスタスさん。これてよかったね。」
「ははは、どうだね僕の鮮やかな手並み…」
「そんなことより、あいつらは置いてきたんだろうな?」
チューヅは用心深く
あいつら――ドルテとリラのことだ。
チューヅがモンスター嫌いなこともあるけれど、
それ以前にパスポートを持っていないふたりが開会式にいては危ないのだ。
ましてモンスターと野良リヴリーならなおさら。
自慢話に割り込まれたのが面白くなかったとみえる、ジャスタスは憮然として
「カンボ君と部屋にいる。」
とだけ答えた。
「だったら、あんしんだね。」
わかっているのかいないのか、えんまがにっこりと微笑む。
BACK