14. 計画前日

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ほどよく冷ました寿司飯には、セスジスズメのフリッターがよく似合う。その上にマヨネーズとかば焼きのたれをとろりとかけたら絶品だ。おまけにレタス、それから歯ごたえにアクセントをつける刻みケセパと柴漬けなんかが付けば言うことは何もない。
こういうものを食べるときは上品さは二の次、グチャグチャかき混ぜて豪快にかっこむのが作法というものである。そこらへんはリラもよく心得ていたので、食べている最中いかに話しかけられたとしても、真剣勝負の途中で顔を上げたりなんて絶対しなかった。

「……何か仰ったかしら」

お椀の底まで舐めつくし、うっとりとため息をついた後で、彼女はようやっと目の前の人物に気を留める。そういえば、一体どうして見知らぬトウナスモドキと相席になっているのだろうか?彼女はよく記憶していなかった。ミルクを混ぜたコーヒーのような毛色の跳ねっ毛を白いフェルト帽で押さえつけ、角ばった眼鏡を中指で押し上げる、どこか怪しげな男性。身につけているのが軍服らしいのが気になるところだが、リラにしてみれば、彼が煮込みうどんを差し出していることのほうが何百倍も重要だった。
煮込みうどんである!!

「えっ、ちょっまいっちんぐリラちゃん聞いてなかったの!?うわぁー、うわぁーベラさんショックー。一生懸命喋ったのになぁー!
一人舞台ってことっすか?ボクお得意の土壇場 御殿場 独壇場ってやつっすか?!
まぁ誰にでも聞き逃しとかってあるしショーガナイヨネー。
わざと無視されたわけじゃないっぽいし許しちゃうボク心広い。うんうん」

勝手に納得して勝手に頷く相手はなぜか、リラの名前を知っていた。そういえば尋ねられるがままに名乗ったような気がしなくも、ない。いずれにせよ珍妙キテレツなマシンガントークは、聞くに値するような内容を10%も含んでいないような有様だったから、リラは上の空の返事をしながら、奢らせるだけの料理を奢らせていた。回収が追い付かずテーブルを埋め尽くす皿の合間に、男はやれやれ、芝居がかった仕草で肘をつき                                                                                                                                                   

「ありゃりゃ、ボクよりかうどんのほうが大切系?やっぱ?
しょーがないなー、簡単簡潔に言わないと聞いてもらえなそーだね
ベラさんの美声をお届けできなくってごめんねファンのみんなー!!
んでリラちゃん、明日お暇?」

「……あひた?そりゃあゴクン、暇じゃないです」

「そりゃまた残念だにー。良かったら一緒にアソビに行こうかと思ったのに。
ボクとちみ、初対面だけどさホラ、こうして向かい合ってみるとだね
なんかフィーリングっちゅーか、同調するオーラみたいのを感じない?感じない。あっそ。
いや感じないならいいんだけども、そもそも予定入れてんなら遊びにも行けないことだC。
ところで、何すんのさ?」

「GLLに、はふ、さそふぁれているのれ」

「ほーおほおほぉう、GLLに誘われてるのねー。オトモダチ?
いまどきの野良って随分ユーガなんだね、オジサンちょっと時代に取り残されてっかもしんねぇべな。
あっ、これ差別発言違うからそこんとこよろしく他意はないからね、気分害さないでね
ベラさんはとっても×2理解あるヒトだからさっ!
でもちょっと嫉妬しちゃうかも?ねね、仲間に入れてよ誰と行くのさねぇねぇ」

「そりゃあだって貴方、明日は本番ですから、ハナアルキさんと――」

彼女は言いかけて、口を噤んだ。
味噌のほっくり染み込んだうどんを咀嚼するのに忙しく、ついつい流されるように答えてしまったが、そういえばリラは、男が何者なのかを全く知らなかった。名前も、どうして食べ物をたらふく奢ってくれているのかも、なぜ彼がここにいて、一体何を聞きだそうとしているのかも。

「……私、何かまずいこと言いました?」

「いまごろ気付いた?」

トウナスモドキの男はあっけらかんとした笑みを、満面に張り付けている。
少なくとも、飢え死にする危険は今のところゼロだ。なるほど、非常に安全な状況であるといえよう。