09:壊れたミツバチの巣

セシルの隠れ家から放り出されたガラクタが捨てられたのは坂のゴミ捨て場だったため、ちょっとでも振動があるとすぐにころころ転がり出すのだった。
ガラクタの中でもずた袋みたいなものはそう長く転がってはいなかったが、空きカンみたいな丸っこいものは、勢いをつけてどこまでも走って行った。さらにゴム毬のようによく弾むものは、島と島の間を器用に飛び跳ねて、さらにさらに長い距離を移動し

「ぴ」

とあるオオカマキリの少年の爪先にぶつかった。
顔を白く塗り、釣りズボンに左右ちぐはぐな靴がトレードマーク。“可哀そうなペケ”である。頭が駄目になってしまったと専ら噂されているペケはカマキリ連中に遊び相手がいなかったので、けばけばしいゴム鞠のようなガラクタを喜んで手に取った。
とん、とん、とん。
くぐもった音色で弾む玩具は、彼の気に入ったようである。


「てん、てん、てんこまーり、てんこまーり、てんてん」

調子っぱずれの歌を歌いながら、ペケは毬を弾ませて遊んだ。
ところどころに風穴岩が生えた、閑散とした島々だ。一人だって全然寂しくなんてなかった。鎌で毬を跳ね飛ばし、その後を追いかける。カマキリでありながら(なぜか)蜘蛛連中に好かれている彼の周りにいるのは計略策略渦巻く成虫たちばかりで、こんなに子供らしく遊ぶことなんてめったに無かったので、それだけでペケには楽しかったのである。

「楽しいね!とーっても楽しいよね!!」

誰も返事をしないので、風穴岩の穴に向けて大声で叫ぶと、少し間をおいて全く同じ声が振動をくっつけて返ってきた。ペケは腹を抱えて笑ったが、くるくる足をもたつかせた拍子に見えた、奇妙な塊に気を取られ、黙りこむ。興味を持った彼は、ゴム毬を抱えて走り出す。

風穴だらけの島でひときわ目を引く土色のものは蜂の巣で、ペケが今まで見た一番大きな苔玉よりもっと大きかった。近くに寄ってみると、それは半分以上が潰れていて、もう廃墟であることが見てとれる。かなり古いもののようだ。まともな六角形は数えるほどしか残っていなくて、密のこびりついて固くなった場所には、小虫の類が卵を産んで幼虫が湧いていた。
ペケがそれ以上近づくのを止めたのは、その前に一匹のミツバチが立ちつくしていたからだった。
身体は小さく、浅黒い肌。子供ほどの大きさだがれっきとしたミツバチの成虫である。本物の蜂蜜のように下に行くほど黒い髪を三つに分けて結って、黄色の地に黒いフリルがどっさり盛りこまれた豪華なドレスを着こみ、上半身だけ軽装の鎧を纏っている。これは決して、彼女が軍属であることを示すのではない。脆弱な彼らは、姿かたちを統一することで身を守るからだ。働き蜂から女王まで、ミツバチは外見で区別を付けることができない。数百数千という兵卒の中にたった一人いる女王蜂も、その他大勢と同じ顔、同じ身形で身を隠しているのである。

「国破れてサンガリア。くぴぴ」

ペケが近づいた時、彼女は既にひどく警戒していた。肩口を小さく震わせて威嚇の耐性をとり、ミツバチの言葉で何かを言った。モンスター独自の言葉であるが、閉鎖的な種族のそれは訛りがきつくてカマキリには理解できないのだ……どのみち、“可哀そうなペケ”の駄目な頭で紡がれる言語も、到底彼女には通じないのでおあいこであるが。

「金も銀で建てるけど持ってないロンドン橋だよ、くぴ」

ペケは戦意の無いことを示しつつ、上体を引いて胸に鎌を構える。蜂を相手に背を向けるような馬鹿をしてはいけない。ミツバチはオオカマキリよりは必ず格下だったが、ペケには相手がその唯一の例外である確証があった。

「王様の馬と家来みんなでもお家を元に戻せなかったの……クイン?」

ミツバチの女王は語気を荒げて武器を抜いた。殺傷能力は低いが確実に敵の動きを止める毒を持った針である。ペケは相手を宥めたくて、片手を上げた。毬が零れおち、とん、と音を立てる。ミツバチは引かない。
いくら相手がクインでも、ミツバチはミツバチだ。ペケでも一撃は耐えられる。ミツバチが身を低くし、突撃の構えを見せたとき、別の羽音が空気を切り裂いた。

「どうしたの、ヴィクトリア」

舞い降りてきたのはデイモスである。
精悍な顔立ちに、柔らかくウェーブのかかった桃色の短髪が勇ましい。軍服の装いではないが、今度こそ軍属の相手である。いや、それどころか相手がかの有名なワルキューレ小隊の者だと知って、ペケは鎌を下ろした。
ヴィクトリアと呼ばれたミツバチはしぶしぶ針を下ろすと、二言三言、デイモスに報告したようだ。スズメバチの上官はくすりと頬笑み、ペケに目線を合わせてしゃがみ込む。

「ヴィクトリアがお世話かけたかしら、ぼく。ごめんね、彼女とても怖がりなの。
それに、今、彼女はとても大事なお別れを告げていたから
……ナーバスになっていたのだと思う」

デイモスはそこまで言って、少し後ろめたそうに、目を伏せた。恐らくはヴィクトリアの巣を滅ぼしたのは彼女なのであろう。もしかするとミツバチの女王は、自身がスズメバチに降ることを条件に、部下を逃したのかもしれなかった。この申し出は滅ぼした側のデイモス側が言うには傲慢ともとれかねない。しかし、彼女は自身が潔白であると主張する気は、さらさらないようであった。

「よければ、少し席を外してもらえるかしら」

「アイ・サー」

ペケは右手を、ばってん印のおでこに近づけて返事をした。
敬礼をまねたようなおどけた仕草にヴィクトリアはまたいきり立っていたが、デイモスは「いい子ね」と言い、背中の羽を広げて去っていくカマキリの少年を快く見送った。



「……あ、友達!」

ペケが、毬を忘れたことに気がついたのは、それから一時間も後のことである。







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-ヴィクトリア ミツバチ
ミツバチ種の女王蜂。
凛々しい性格で、ミツバチにしては大変好戦的。
ぱっと見では表情の変化に乏しい。
雄弁だが、非常に訛りがきついミツバチの言葉しか話せない。

かつてはとても大きな巣の女王だったが、
デイモスさんの陥落され、彼女の元に降ることに。
現在は行雲さんのお宅で匿われています。