02:夢の島

さて、チューヅが元気に通っていった後のワームホールに、ひとつ話題を飛ばしてみよう。
距離を圧縮する魔法の効力で、軽く身を転がしてみれば、そこはもう彼の島。
真黒な壁紙には呪いの洋館の模様が不気味で、「Danger」だの「猛リヴ注意」だのの立て看板が乱暴に乱立する入り口はいかにも攻撃的で排他的、そのうちの一本にでかでかと赤く示されているとおり「帰れ」という意思がピンピン伝わってきた―
―その一本だけ立てておけば事足りるのではというツッコミはもはや無意味だろう。

そのような偏屈者の島ではあるが、性懲りもなく客は来る。ぶぉん、と空間を歪ませ開いたワームホールから不器用に飛び降りたカンボジャクは、看板群をぐるり一通り見渡し、それから全部を無視してずかずか島へと歩いていった。島主を上回る偏屈者の登場である。

落ち窪んだ中に金具で見開かれた、ぎょろりとした眼には、誰であっても一瞬ぎょっとするのも無理はない。骨と皮ばかりの体にボロを纏い、ひっつめに結ったざんばら頭についたのっぺりとした顔。おまけに身体はバグだらけ。折れた尾羽を引きずるそのカンボジャクは、もちろん飼い主持ちのリヴリーではありえなかった。
なんでも一旦配布はされたものの、その当日中に引渡されたのだそうだ。引き渡し所から逃げ出してきた顛末は、本人に聞けば怪談話でもするように語ってくれるが、その半生の苦さならわざわざ聞かなくても見た目から知れよう。身も心もそれだけ歪んでいるのは自身も十二分に承知しているようで、粗末な身なりや辛辣な言い草を少しでもたしなめれば、カンボジャクはぐるりと(180°も首を回すのは雑作もない)傾げてこう言うだろう。

「して、貴方は一体誰に向かってそんなに媚びてらっしゃるんです?」

甲高くしわがれた独特の声から察すれば、彼女はなんと女性であった。



島主でもない割に慣れた様子で――というのも野良リヴリーなので、他人の島に間借りするほか暮らす当てがないのである。そうして入ってきた闖入者を迎える者は誰もいなかったのだが

「お留守かしら」

咎める者なら一匹だけ居た。

「ぶしゅーっ!」

島の入り口付近でとん、と弾むような音に客の襲来を予感して、高らかに鳴き声か――否、背中から爆音噴きあげ突進してきた一匹のトープスである。
短い四本の足でよくぞそこまでスピードが出せたものだ。怒髪天の勢いたるや、気性の荒さはまるで島主チューヅの生き写し。丸い体は灼熱の色に染まり、こっそり入れてある仕掛け刺青の『λ』を真っ赤に浮き上がらせていた。字面通りに、ラムダというのが彼の名前だ。

無遠慮に踏み荒らす侵入者許すまじ、かなり遠い距離ではあったがしっかりロックオン、急所を頭に認めるが早いが間髪いれずのとび蹴りである……もしかすると、実力ならば島主以上かもしれない。弾丸よろしくこめかみを狙った攻撃は狂いなくストライク。ターゲットは首をぐるぐる(比喩ではなく)回して地面にバタリ、ノックアウトである。

狩りを終えたトープスは誇らしげに着地すると、獲物のどこを持って島外に捨てにいけばよいか早速の品定めを始めた。ちょこまか動く小さな勇者の手によって、島主が留守の間も「夢の島」の平和はしっかりと守られているのだ。

「……さてこれは好都合
 お前でなますを拵えるチャンスがようやっと来たというものです」

だがカンボジャクも負けてはいない。
尾羽をひっつかまれる前にゾンビよろしくゆらりと身を起こし、実に不気味にトープスを振りむいた――笑顔で。
というのも、彼女は生まれながらの料理人。今まで生き延びてこられたのも、ひとえにその腕前ありきであるくらいなのである。あるときは屋敷に住み込み、またあるときは精肉工場で、和洋中のレストラン、果てはモンスター料理に至るまで様々な現場を渡ってきただけあって、彼女のレシピにトープス料理が並んでいない訳がない。その情熱に拍車を掛けるのが、バグがもたらした最大の弊害”増えない満腹度ゲージ”つまり無尽蔵の胃袋で、つまり、他人の家の番犬だろうが食い物に違いないというのが彼女の正義なのである。

牙の並ぶ口をがばりと空けて、カンボジャクはトープスに飛びかかった。まずいまいましい爆発を繰り返す噴射口から潰してやろうと思ったか、柔らかな頭頂にかぶりついたが、ラムダは瞬時に身体を膨らまし、生み出した熱エネルギーをドカンと口内にお見舞いする。当たり前だが大やけどである。しかしそこは野良の根性。意地でも牙は離そうとせず全体重(軽い)を掛けて応戦するから、流石のラムダも苦しそうで、足元がおぼつかずに右往左往だ。

二匹の戦いをずっと見物するのも面白いが、カンボジャクがラムダを捕食しようと試みるのは(そしてラムダが彼女を返り討ちにするのは)何も珍しいことではない。一度始まるとチューヅが帰ってくるかもしくは日が暮れて、互いが満身創痍に戦い疲れるまで終わらないのがいつものことである。







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-リラ カンボジャク
スペルはRYLA。飼い主を探してさまよう野良リヴリー。
気性が荒く、口を開けば悪態、嫌みのひねくれ者。
早々に引き渡し所に送られた数奇な運命から、随所にバグが見られるが
最も顕著なものが空腹ゲージに起こっており、常に飢えと異常な食欲に悩まされている。
そのおかげか本人もプロ級の料理人であり、生計を立てるには困っていない模様。

-ラムダ トープス
チューヅの島「夢の島」の番犬、こと番ミニリヴ。
悪即斬。
忠実で賢く、そして果てしなく凶暴。
島に入ってくる者全てに攻撃し、チューヅの言うことしか聞かない。
実はチューヅよりずっと強い。
爆発力はタービンにつないでエンジンにもできる程。