00:スラバヤ群島

そのスラバヤ群島、まっただ中にある島――南米スラバヤに話を移すとしよう。
亜熱帯の植物がぐんぐん茂り(飼い主は横浜在住の少女だが島自体はバリバリの熱帯気候である)、海辺にはソテツの砂浜が放浪者を待ち構えるのどかなその島で、
とん
と、弾むような音を耳にした島主が、赤い屋根のバラックからひょっこり顔を出した。

ニンゲンの目からすれば色と大きさ、それから種族程度の見分けしかつかない(もっとも通心がうまくできていれば直感は働く)が、リヴリー同士ならばもっと細かい印象まで読みとることが可能だ。その感覚はなんとも言い難いが、客観的に表すなら、あたかもニンゲンが人間同士を人間として見るように語るのが一番しっくりくるだろう。
だから受けた印象をニンゲンに置き換えた表現が出てきたとして、これは全て「例え」の話だ。

えんまはたいそう大柄なオーガだった。身の丈はニンゲン換算で2m強。筋骨逞しく、焦点の不明瞭な白濁した双眼といい、かなりの威圧感を発揮できるはずだったが、それも彼に怒りの表情ができればの話であった。彼は笑みを絶やさない男だったし、動きは随分のんびりと間延びしていてなんとも間の抜けた印象が、それらの屈強さを見事包み込んでいた。明け方の空の微妙な色にあわせた淡い紫の毛足は寝起きのように、所々が跳ね上がっていて、それは朝だけでなく昼でも夜でもそうなのだ。
そういった悪意の無さに隠れてはいるが、彼が手を突いただけでもバラックは大きく軋んで、生活するに至極不便な怪力を非難する。

「おっと」

うっかり家を倒壊させないよう、注意深くえんまは手を引いた。ミシミシ音が収まってほっとした彼は、さっきの異音のことはまるきり忘れ、再び家の中へと引き返そうとする。すると少々バランスを崩した拍子に日避けのよしずがばたんと倒れ、運の悪いことにその先にあった掲示板にぶつかって……

「あああ」

えんまは惨事の現場に緩慢な仕草で立ち寄ると、折れた掲示板を悲しげに手に取(もちろん、地面から無造作に引っこ抜いて)った。えんまは力こそ強かったが、起こってしまったことをどうにかするだけの知能を持ち合わせていなかったのだ。口を開けば抑揚のないぼんやりした話言葉しかできなかったし、このとおりたいへん頭が悪かったため、こういうことはしょっちゅうで、そしてその原因はいつも彼自身がそう認めるように「ごめんね、ぼく、ばかだから」ということなのである。

筋肉はあくまでオーガの特性上ついたものだったから、彼自身としてはむしろそんなものは邪魔だと思っている節さえあった。飼い主さえ希望していなかったら、もっと可愛くて小さい姿に生まれていたのになぁと、そんなことすら思っていた。彼は悲しみながら、さっき聞こえた「とん」という音を思い出す。あれが足音だったらよかったのに、この余計な力を、この大きな体を必要としてくれている相棒が、ここに居たらいいのにと思いながらか、彼は小さくため息をついた。



ところで、同じ頃、別の島では一匹のハナアルキが遅い目覚めを迎えていた。
彼が目覚めるのはいつも昼頃と相場が決まっている。薄暗い島の穴ぐらから身を起こすと、灰緑色な体をぶるりと震い、盛大に伸びをするが、小柄な体はそれでもさして大きくはならない。87-ALKとサイン入りのケミカルスーツをびっちり着込み、腰には鞭の出で立ちの彼は、名をチューヅといった。ガスマスクが生活に必須という虚弱な生まれつきではいたが、筋力なんかてんでない癖にモンスター連中にしょっちゅう喧嘩を売り(瞬殺され)、教科書片手に巨大ロボットなんか作っては気まぐれ近所に突撃し(大迷惑だ)――そんなことは感じさせないくらい元気な厄介者だった。
彼に同じく気紛れな飼い主は群島を纏めるウェブサイトの管理人で、チューヅばかりに構っていなかったものだから、さぁ、暇な午後を有意義に使うべく、張り切って彼はアイランドノートを呼びだす。
南米スラバヤに入り浸るのである、なぜなら「俺はえんまの相棒だからに決まってんだろうがよ!」

彼が好きにえんまを使うのは、えんまの飼い主――伊東ツブラも公認の特権だった。二匹は研究所時代からの幼なじみで互いに扱いがとても上手かったものだから、それにチューヅは力は欲しかったしえんまには人並みの知恵が必要だったから好都合だったのである。
チューヅが自信満々に島に降り立った時、えんまは壊れた掲示板の横に座り、困惑しきった表情でタバコを吸って時間を持て余していた。大きな図体のくせ、ひとりでは何もできないのだ。チューヅは腰に手をやり格好をつけると、ぱっと明るくなった相棒の顔を目いっぱい格好つけて見上げる。

「よかった、きてくれたんだね!」

「待たせたな、相棒!」

ヒーローみたいに扱われるのが、どうやらチューヅはまんざらでないらしい。







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-えんま オーガ
南米スラバヤ在住のオーガ。
のんびり屋で、頭がわるく、いつもへらへら笑っているばかり。
根っからのお人よしであり、悪意はないながらも
力がバカのように(バカだけど)強いので、近寄るときはご注意を。
タバコが好きらしい。おでんとかも好きらしい。だいたいなんでも好きらしい。

高校生の創作飼い主、伊東ツブラがご主人。

-チューヅ ハナアルキ
えんまの幼馴染で、生涯の相棒。夢の島在住。
単細胞で無鉄砲、短気なチンピラ気質。デリカシーは無い。
かなり勇敢だが、それに見合う実力はないようで、
昔から虚弱体質なのも相まって連戦連敗、
一応ハンター業に手を出しているらしいのだが、何を狩ったという話はとんと聞かない。

飼い主は私、C-call管理人、清水 しずみ。