食糧征服計画 03

「…くそっ!外せ!」

ピーマンに、長ネギ。人参、大根…
ついに敵に陥落され、食糧庫として不動の地位を得た正義商会では
間もなく料理人は仕事を始め、アルケニーも食糧の首長として部下の点呼をとる中で
島主であるジャスタスも、野菜と並べて床に転がされていた。

「『ご不満なら全額返金いたします』だって…
 流石、このクオリティなら頷ける自信でありますなあ!」

手枷の説明書を見ながら、食べ物のリーダーは満足げに頷いた。
ジャスタスが転がされていたと言っても、それは別にくつろいで自ら転がっていたのではなく
リラを拘束していた道具をそのまま適応されて、動けないから転がっていたのである。
手馴れぬ様子でアジャストされたサイズは
結局、長身の男につけるには多少大き目に設定されていたが、
それでも機能は十二分に発揮されている。

勝手知ったる様子でしょうゆやみりんや探して動き回っていたリラは
やっと切れていた酢をゲットしたらしく、瓶を片手にアルケニーを振り返った。

「子蜘蛛さん、鍵なんか捨ててお仕舞いなさい。
 有ったって無くたって、このザマじゃどうせ外せやしないんですから」

「そんな!」

ところが、仲間の提案に、アルケニーはしっかりと鍵を抱きしめて悲鳴じみた声を上げた。
鍵を守るのは監督としての大事な仕事と言わんばかりである。
それを聞いてにやりとしたのはジャスタスだ。
彼は、アルケニーから攻め落とすところから、状況を打開するつもりだった。
長年リラと彼は攻防を繰り返してきたが、それだけに互いに手の内を知り尽くしている。
ふたりの信用は海よりも低く、積年の恨みは山よりも高く
今さら何をどうしたところで逃げる・戦う以外のコマンドは容易されていなかった。
その点小さなコガネグモには
陳腐な思いやりがあり、無垢さがあり、明るい天井ばかり見上げて足元を掬うのは容易である。
そんな彼女は同時にリラにとっても切り札には違いないが
所詮鳥頭のリラが、数々の顧客をそのトークで誘惑してきたジャスタスに勝てるはずなんてないのだ。

「いくら歯が丈夫だって、こんな固いの齧ったら口がボロボロでありましょう!」

「…は?」

だがしかし、頭のレベルが似たり寄ったりの相手と意気投合するのも事実。
ことに、類まれなほどに意気投合しており、
哀れかな、
ジャスタスは理解できなかったわけではないが
自分の聞き違いであるというわずかな可能性に懸けて、アルケニーに問うてみる。

「ちょっと待て。齧るって何を齧る気だ」

「はて。でもこの家はジャスティス殿がずうっと住んでた場所なのでありますよね」

「だからそうだって言ってるだろ!しかも僕ジャスティスじゃないってば!良い子だから早く…」

「お残しをしないのが良い子であります。
 食糧庫にずうっとあるなら、それは立派な食材でありましょう?」

こいつの教育をしたのは誰だ。
根本的に天然な脳を育てたのは誰だか知らないが、
少なくとも理由の一端を担っていそうな相手に思い当たると
ジャスタスは首を伸ばしてキッチンを仰ぐと、彼女を呼ぶ。

「カンボ君」

「何です」

「くたばれ」

「嫌です」

手短に用件を終えると、喉が閉まる前に諦めて
彼はぐたりと体を床に横たえる。
念願成就しなかったのを察したのか、アルケニーが頭をぽんぽんと叩いた。

「まぁ、もっと自分の味に自信を持つべきでありますよ、きっと」

「誰が持つかっ!」



……何よりまず脱走することだ。
脱走すれば、知り合いの鍵屋のところまで走って、開けてもらえる可能性が見えてくる。
幸い、リラを拘束していた一番の道具は手錠のみ。
逆にいえば、足と首は大した敵ではないということだ。
第一、リラを捕まえた時と違い、ジャスタスには薬を盛られていない。

「僕なんか生臭いから食いたくないんじゃなかったのか。」

「ええ。しかもピグミーの肉は酸味が強い上に固いですからね。
 でもご心配なく。甘めのたれで焼いて味噌といっしょにサンチュにくるめば
 大変美味しくいただけることは間違い無しです」

「うわぁ、それじゃあ付け合わせは絶対コムタンスープで決まりであります!
 さぞかしご飯が進むでありましょう」

「はいはい、骨も溶けるまで煮こんで差し上げますからね」

アルケニーがぴょんぴょん飛び跳ねて、和やかな会話に彩りを添える。
会話の糸口からなんとか油断を引き出そうとしたのだが、やはり警戒されてか
リラは容易に情報を漏らそうとしない。
救いだったのは、焼き肉にされるまでにはまだ時間がありそうだということだ。
その間にどうにかして、アルケニーを懐柔しなければ。

「とk「さて貴方。そろそろ下ごしらえに入る訳ですが」

話しかけようとジャスタスが口を開いた瞬間、背骨をダイレクトに蹴りつけられ
うつ伏せに倒れ、起き上がろうとすると耳の後ろにぴたりと冷たいものを当てられ
皮膚が総毛立つのを感じる。動かないほうが良いのを直感的に感じる。

「何だよ焼き肉なら食う直前に焼けばいいだろ!腐敗が早くなっちゃうぞまだ待てよ!」

ジャスタスを安心させようと、こわばった手を撫でてやりながら、アルケニーが言った。

「やだなぁ、前菜が必要でありましょうに!
 軟骨を茹がいてバッタと一緒にごま油に絡めると美味しいんでありますよ」

「だあああからそういうの止めろつってんだろ大体僕はバッタだけは許せんのだ痛い痛い痛い!」

柔らかいとはいえ刃を引いたくらいでは切れない耳を削ぐために、リラが体を浮かせて力を込めた。
そうだ。
体の大きさという圧倒的アドバンテージがあるではないか。
体を折りたためば纏められた脚でもリラを蹴り飛ばすには十分で
ガードの無い腹部を蹴り飛ばすと、彼女がどこに飛んだかはわからないが
包丁の落ちる音がする。アルケニーに奪われる前に、口で掴んで確保し
動けたついでに野菜の山を肩で崩し、彼女の動きを封じる。












ごろりと転がり落ちる野菜。
リラは瞬間的に、視界に飛び込んできた食べ物に気を取られ
それからあわてて包丁を流しに置いた。

「大丈夫ですか!」

「もがー!」

くぐもった返事が野菜といっしょにぼろぼろ零れる。
サラダや温野菜ならまだしも、皮も剥かない野菜に埋もれるアルケニーは珍しい。
ふたり揃って右に左に、犯人の姿を探すと

「…いた」

家の右翼と左翼に挟まれた廊下の真ん中に、
破れ障子とちぎれた鎖の一片二片。
足音が逃げていく。

「逃がさないでありますから!」

アルケニーは、板造りの床をとたとた走り抜け、その影を追う。
廊下に出る台所の引き戸の仕切りに飛び乗って、蜘蛛糸を吹きかけた。

人並み外れて小柄な体躯は、風の抵抗をものともせず獲物を追う。
積極的に仕掛ける狩りは元来蜘蛛族の本領ではないが、そんなことには構っていられない。
例えば坂道をトマトが転がって行ったとして、それを捕まえようとするのはリヴリーでも虫でも同じこと。

「ぐ…!?」

ならば逃げるピグミークローンを網に掛けるのだって、ごくごく自然ななりゆきだ。
アルケニーだって誇り高きコガネグモ族の末妹。
繊細な網目がばさり、行く手を阻み
細い糸だがぐいっと引けば、手の使えない長身を倒すのは容易い。

「ま、待て!早まるな話せばわかる…」

「リラ女史、今度こそつかまえたでありますよー!」

やり遂げた笑顔を伴って、アルケニーはうつ伏せのままのジャスタスをうんしょうんしょと引き上げる。
食べ物に関して極めて純真な彼女は、命乞いの声にこれっぽっちも耳を傾けない。
獲物を縁側まで引きずると、アルケニーはキッチンに向かって声を張り上げた。
答えの代りに飛んできたのは、一瓶のごま油。

「なるほど、火を通してから料理するつもりでありますね」

「料理としては雑ですがいたしかたありません。そろそろ観念して頂きましょう」

続いて現れた彼女の掌には、電撃がバチバチ音を立てていた。
魔力の不安定な彼女も、時間をかければある程度の大きさの雷は撃てる。
少なくとも、油に着火する程度には。

「では止めと」

瞼を上げれば目に油が染みる。
島の端は遠く、ここからワープを使ったところで
島から出るだけの飛距離なんて取れないことは解りきっている。
畜生。ちいさく悪態。にんまりと捕食者たちが笑う。

「いきますか!/thunder!」

リラが腕を振りかぶる。覚悟を決めたか、ジャスタスがふと天を仰いだ瞬間、島はフラッシュに包まれる。





























「リヴリーが嵐を起こせるなんて」

「…そこまでは無理です」

ケホケホ咳き込むアルケニーの声は、リラの舌打ちに打ち消された。
彼女たちの目線の先には、氷が割れてむき出しになった地面。
そしてそこにあるべきものは、
胡麻油でこんがり焼かれ、外はカリっと内側はジューシーになったジャスタスの姿は
どこにも見当たらない。

丸焼けの危機が訪れるまさに直前、ジャスタスはふと頭の上にチャンスを発見したのだった。

「あっ」

アルケニーが地面に何かを見つけ、ぴょこりと縁側を飛び降りた。
小さな拳で、割れた殻をこんこんと叩き、中身を取り出してみると
中はほくほく、ちょうどごま油で柔らかく、一口たべればまろやかな甘みが口いっぱいに広がる。

「こんなところに、豆が焼けているでありますよ!」

彼女は嬉しくなって同胞に報告したが、リラは「そのようですね」と上を注視したままだった。


雷の当たる前、生み出されたリンク豆はあっというまに芽を出し茎になり
ジャスタスの体を高くまで押し上げ、そして一瞬にして灰になった。
油と炎の合わせ技に焼かれては、どうせハイパーリンクを繋ぐ役には立たなかっただろう。
しかし、それでもジャスタスがリンクを辿れたのは、その茎が押し上げた先――
木の上にぽつり佇む、クモリンクの巣のおかげだったのだ。

「リラ女史、お豆は半分こであります」

「…いいですよ、全部食べておしまいなさい。
 その豆が此処で焼けてるのは、貴女のお仲間の計らいあってこそなんですから」

「どうも有難うございます」とリラ。クモリンクは睨まれて目を逸らす。
頭上でそんなやり取りが交わされていることも知らず
アルケニーは首をかしげ、

「まぁいっか」

はぐはぐと豆をほおばる作業に戻った。





























「はぁ、」

アルケニーが豆をほおばる同じころ、ジャスタスはほっと息を吐いていた。
腕の手錠は取れねども、とにもかくにも一命だけは取り留めた訳で
クモリンクが居て良かったと、心底思う。

…しかし、余りに辺りは暗い。
いくら夜だといっても、それはもう、地面すら見落としそうなくらいの黒。
違和感を感じて起き上がると、周りには比喩抜きに何も無い空間が広がっていた。
例えるなら、そう、Not Foundのサイトに飛ばされてしまった時のように。

そして彼は重大な見落としをしていたことにようやく気付くのだ。
アルケニーとクモリンクは、同じ蜘蛛の同類だということを。

「…ここ、どこだ…?」

ああ、蜘蛛なんか苛めなきゃよかったと
後悔したってもう遅い。
結局ブラジルの某サーバーまで飛ばされた彼は
ほうほうの体でリヴリーアイランドまで戻ってくるのだが、それはまた別の話。