はつこい

話はそれるが、研究には資金というものが必要だ。
アマチュアであるのならばなおさら。

ポケモンを利用した商売だといえば人聞きは悪いかもしれないが
私だって無論、ポケモンを愛していないわけではない(そもそも愛していなかったら研究員なんかやらない)。
ただ、金欠に悩んでいるときに、こんなにも忠実にして優秀な相棒がそばにいたならば
誰だって少しくらいは魔が差すというものなのだ。

時間と気力を費やして研究しているのだから、少しくらい恩恵に預かっても罰は当たらないだろう。




ヨスガシティの入り口で一服していた私の足元、どこにでもいるような野生のムックルが舞い降りる。
仕事の成功を確信する幸せな瞬間だ。

「早かったね、ジャスタス」

周りに人が居ないのを確認し、尾行も無いのを確かめると
私はしゃがみこんでムックルに向かって手を差し出した。
ムックルは小さく跳ね上がる。そして…
…ムックルだったものはたちまちひとつの大きな手に姿を変え掌をパチンと打ち返し
地面に足をついたときにはもう、一匹のブラッキーに姿を変えていた。
そう。私の相棒は、メタモンなのだ。
それも、ただのメタモンではない。

多くのメタモンを研究してきた人間として贔屓目抜きで言わせてもらうなら
こいつはメタモンの天才である。

どんなポケモンにも変化できる。
そんな無敵の属性を持ったメタモンが、どうしてか好まれないのは、その惜しい性質にある。
うろ覚えの変身はあやふやで、PPも各技5つしかないというのでは、
確かに使いようもないだろう。
だが、ジャスタスはそうではない。
ずば抜けた記憶力の持ち主であるこいつの変身は細部まで完璧だし、
とても頭が良く、勝負は必ずPP5以内で決める。
なにせ親はポケモンの研究員だ。訓練の成果もあり、変身がバレたことはいまだかつて一度も無い。

…と言っても普通のトレーナーにはただのメタモンであり、価値がわからないのは仕方ない。
いずれにしろ、そのほうが私には都合が良いのだから、今更バラすつもりもないが。
メタモンの本領は、バトル以外で発揮されるのだ。
育て屋?いやいや。とんでもない。


「恵まれないポケモンの貰い手を探しています」

気の優しそうなトレーナーを見つけると、私はこうして声をかける。
私の隣には、偽の姿を纏ったジャスタス。
岩ポケモンの手ごわい地域でキノガッサを、氷ポケモンに泣きたくなる地域でロコンをといった具合に
時と場所によって種族を選ぶのがコツだ。
かわいそうに思ったトレーナーが足を止めればこっちのもの。
慈善事業を巧みにすり替え、2万円とボールをトレードするところまでが、私の仕事である。
はっきり言って、ジャスタスくらいのメタモンを2万円で買えるのなら安いものなのだが
子供というのは単純なほうが食い付きがいいのだ。

そこから先は簡単なことで、私はタバコで一服。
メタモンの腕の見せ所となる。
トレーナーに気づかれないようボールの隙間をするりと抜け
必要ならば尾行も撒いて、私のところに戻ってくれさえすれば 生活費ゲットだぜ!というわけだ。
この手を使っていくら稼いだことか。
こんなことができるのは策士である私と、そしてジャスタスしかいない。


さて、早速仕事である。

「恵まれないポケモンの貰い手を探しています」

私が次にターゲットにしたのは、休憩所のベンチで荷物整理をしていた黒髪の少年だった。
さっきこっそり覗かせていただいたバックパックの中に
バッジケースと共にリボンケースがあったのでコンテスト狙いのトレーナーだと睨んだのだ。
まだ世間ずれしていなさそうな彼は「なんですか?」と、浅黒く焼けた顔を上げる。

「コンテスト向けに育てられていたポケモンなのですが、
 たった一度入賞できなかったのを理由に捨てられてしまっていたのです…
 拾ってやって以来、私が親代わりになっていたのですが
 毎日のように、コンテスト会場を羨ましげに見つめている姿を見ると…」

そこで言葉を切り、わざと目を伏せて思い悩むような顔をしてみせると
トレーナーははっと息を飲む…上々な反応だ。
私は十分な間をとったと判断してから、

「残念ながら、私はコンテストは得手ではありません。
 どうか、もらってやって下さいませんか。
 あなたの手で、この子をもう一度、優勝させてやって欲しいんです」

少し迷った末、彼は、見るだけ見せてほしいと申し出た。
完成されたジャスタスのポケモンを「見るだけ見た」トレーナーが断ってきた試しはなく
もう商談は成立したようなものだと、私はこっそりほくそ笑む。

「おいで、ブラッキー!」

種族名を呼び、ボールのボタンを押した時点からジャスタスのメタモルフォーゼは始まっている。
ボールの光が消えないうちにメタモンの姿を隠し、一瞬で変化するというわけだ。
このように――

「…ジュカイン。」

私の声が上ずったのも、無理はない。
出てきたのは青い葉っぱも凛々しい、ジュカインのオスだったのだ。そんなばかな。
たちまち、トレーナーが怪訝そうな表情になる。

「ブ…ブラッキーという名前なんです。ほら、キモリの瞳って黒いでしょう!それで…」

黒目は黒いのが普通だ馬鹿!!

「へぇー、あんたもジュカイン使ってるんですねぇ。奇遇奇遇」

トレーナーがそれを上回る馬鹿だったせいで、苦しい言い訳にあっさりだまされてくれたのは幸運だったが
私ははっきり言ってそれどころではなかった。こんなこと、長い付き合いの中で初めてだ。
おまけに、相手はあんた「も」と言ったか?
もうジュカインを持っているのだったら、これでは買ってくれるわけがないだろう。
一体何をやっているのか。首筋を冷や汗が伝う。
焦る私のことなどつゆ知らず、トレーナーは
同士を見つけた嬉しさに顔をほころばせながら自慢のボールに手をかけた。

「ゆけ!ドルテ!」

「ぎゃる!」

大きな葉っぱを誇らしげに振り回し、出てきたのは美しいメスのジュプトルだった。
よくしなる長い首。柑橘類を思わせる甘く爽やかな香り。
固いクチクラに覆われた皮膚はオイルで手入れされているのかつやがあり、
ぱっちりとした猫目が特徴的だ。
人間の目から見ても、相当の美女であることは間違いない。これはコンテストに出したくなるというものだろう。
そこでようやく、私はジャスタスの真意に思い当たった。

ははぁ。このやろう、見栄を張ったな。

「立派でしょ?俺の、生涯の相棒なんだ!」

誇らしげな少年の声が、なんだか痛々しく私の胸に突き刺さった。





「友達のブリーダーが選んでくれたんだ、
 それで、キモリのころは本当におてんばだったんだけど
 いつのまにかこんなに立派な子になって…」

一時間後。
…金だけ巻き上げて早々におさらばするつもりが
逆にトレーナーののろけ話に付き合わされる羽目になっていた。
この親バカめ。もう良いからとっとと失せろ、との本音は強ばる笑顔の裏に隠して
ちらりと目を泳がせれば、丁寧にドルテを葉繕いしてやるジャスタスの姿…いい気なものだ。
澄ました顔をしているが、これでも長い付き合いだ。
かなりそわそわしているのは容易に見抜けた。
ドルテは流石にいい女というべきか、奉仕されることはすっかり慣れっこなようで
当然のような表情で、背ビレを甘噛みされている。
異種間のコミュニケーションを研究対象とする身としては
彼(彼女?)の恋心にに水を差すというのは、まぁ、止してやるけれども
多分、お前、脈はないぞ。

自分が「やつあたり」覚えたら、一体どのくらいの威力になるかなぁなんてことを
ぼんやりと計算していると、唐突にトレーナーが立ち上がって

「あ、もうこんな時間だ!
 いやー、すいませんねぇ。コイツのことになると、つい熱くなっちゃうんで。
 俺、これからジム行くとこでさ
 ついにバッジも5個目かぁーとか思うとなんか感慨深くってさぁー」

立ち話に持ちこまれてはかなわないから若干あとずさった私だったが
トレーナーはありがたくも「ほら、行くぞ!」とボールを手にしてくれた。
ジャスタスは誘われるようにドルテの後を追おうとしたが
彼女は長い葉っぱでするりと顎を撫でると、
たちまち光に包まれてトレーナーの手の内におさまってしまう。
黒髪の少年はドルテを腰につけ、バックパックを背負うと
軽い挨拶の後に

「あ、お礼ってのもなんですけど、これ!」

と、缶ジュースを投げ渡して去って行った。
ありがとうを言う気力もなく、私たちは颯爽と走っていくトレーナーの後ろ姿を見送るしかない。
ジャスタスはぽーっとしながら。
私はがっくりと肩を落として。

手を開いてみれば、そこにはサイコソーダとの文字。コガネ百貨店。300円なり。
何倍もの時間をかけて、成果は予定の6分の1ときた。
深い深いため息に合わせて、どろりとジュカインの変身がとろけた。
そんな私の足元に、世にも珍しい緑のメタモンの出来上がり。

「…不実な奴め」

苦笑いで言ってやると
優秀な相棒だったはずだったメタ…ブラッキ…いや、ジュカインは
ぷいっとそっぽを向いてしまった。