あそび

ゴーストタイプの狩りは静かに行われる。
あるときは都市部の路地裏で、あるときは人気のない暗闇で。

どこの都市の管轄ともつかぬ浜辺に、一匹の雌のジュペッタが
長い腕をおどろおどろしく垂れ下げて現れる。
捨てられた縫い包みにヤミボウズが住み憑いて生まれるこのポケモンは
ゴーストタイプのなかでも(仮のものだとしても)肉体を持つ点で得意であるといえよう。
レディ・メイドの体は思念によって新たに織り上げられ
かつては子供の遊び相手として愛くるしく包まれていたであろう姿も今は恐怖の対象でしかない。

夜は狩りの時間だ。
ジュペッタは獲物を求め、ふらふらと浜辺にさ迷い出ていった。
かさかさと砂地を掘る小さなクラブなどに、彼女は目もくれず、まっすぐ海へと進んでいく。
それもそのはず、ゴーストタイプの食事は、悪夢や負の感情などのマイナスエネルギー。
眼を覚ましている獲物に興味は無いのである。
今日は曇り空。月の光も朧な中。
波打ち際に出たジュペッタは何もない水面をきょろきょろと見まわし、何か探すようなそぶりをしてから
意外なことに、水のなかに足を踏み入れた。
波に押されながらも、一歩一歩、確実に水へと踏みいっていく。
ぐじゅ、と嫌な音を立て、気泡が波間に浮かぶ。
布地でできた皮膚に水が染み込み、空洞な体内から空気を吐きだしているのだ。
腰までつかる浅瀬まで着いて、やっとジュペッタは立ち止まる。
口元に手をやってジッパーの口を大きく空け、
しばらく何かを見せびらかしているようであったが、すぐに自分で閉じて、また立ちつくしていた。
それ以上、進めないのか、それとも
甘い悪夢の香を嗅ぎつけたのだろうか。


波打っていた海面が、不自然に平らかになる。


直後、ハウリングのような異音が響き渡った。
遠くで何匹かのヒンバスが慌てて隠れるのが見える。
だが、水属性ではないジュペッタは潜って避けることは出来ない。
音を防ぐというより音波によって内側から弾けてしまわないように、頭を抱えて身を伏せる。
水中には赤い光が2つ灯っていた。

その時だ。鈍い灰色の触手が、水面から勢いよく飛び出して来たのだ。
典型的な、メノクラゲの狩りの手法だ。もしくは、大きさからするにドククラゲか。
ドククラゲの触手は全部で80本あると言われているが、
見た限りでは、もっと多いような印象すら受ける。
小さなジュペッタの体はたちまち飲み込まれ、
それが居た場所にはただ、幾本も折り重なる触手のドームが見えるきりになった。
ドククラゲはそのようにして獲物をしとめる。
メノクラゲなら数匹を要するが、ドククラゲなら一匹で十分だ。
それ自体が一匹の生き物であるかのようにぬるぬるうねる触手ドームの内側では
獲物が毒針で串刺しにされ、無残な姿で死んでいく。
ポケモンバトルの公式ルールでは このような狩りの手法は禁じ手であるし、
からみつくかしぼりとる、どくづきに続いてようかいえきまでを一度に終わらせなければならないので
実質的には不可能なのだが、野生の世界にルールなど無い。

獲物は、一度この状態まで持ちこまれてしまうと、ほぼ確実に命を落とす。
ドククラゲはあとは溶解液で獲物を溶かし、心ゆくまでディナーを楽しめばいいわけだ。

毒の包囲網とまで称されるドククラゲの攻撃により、もう勝負はついたかに思われた。
触手ドームは、相当グロテスクなのだろう捕食風景を外界からシャットダウンするかのように固まり
いささか唐突に水面に突き出しているのみだった。
だから、ドククラゲは想像だにしなかったに違いない。
水面に揺らぐ自分の影がまさか鎌首をもたげ、主の体を水からひきはがしにかかるとは。

影は、ジュペッタの筋力とは無関係に力強いようで
ゆっくりと、確実にドククラゲをホームグラウンドから引きずり出していく。
とうとう、水面にざぶん、と甲が浮かんだ。
かなり大きい個体だ。ドククラゲに特有の、大きな宝石のようなふたつの玉は立派で
光沢のある鎧がそれらを守るように、深い緑色に輝いている――緑色、だ。見間違いではない。
水から離れたドククラゲは、触手に与える水分を素早く体に回した。
触手のボールはゆっくりと解け、内側からはジュペッタのニヤニヤ笑いが垣間見える。
自分の影に締められる気分はどうだ、とでも言いたげに。

しかし、ドククラゲの猛攻にあったジュペッタも無事では済まない。
そこかしこに貫かれた跡が残り、やぶれた布からは茶色のおがくずが零れおちている。
毒の効果も色濃く、自身のものではない黒い液体を垂れ流しながら
波に押されてふらりと揺れる。
水面に浮かんだドククラゲは、相手の首元に巻き付けた触手を残して下ろし
その代り、触手の委縮と同時に、ボロ雑巾のようになったジュペッタを引き寄せた。
傘の下から覗く藪にらみの目は鋭く、そして残忍だ……

ジュペッタの体から大量の水が海に零れたので、
ドククラゲが力を込めて、首を締めあげたのがわかった。
人間が頭に血を上らせるように、頭に紫のエクトプラズムがのぼっていき
ジッパーの口を破って大量に飛び出したとき、これで、やっと、決着がついた。





ぽちゃん。


馬鹿になった口から 水面に落ちたのは一体何だろう。

ドククラゲは仕留めた獲物を食べようともせずそっと海に下ろすと、
余っている触手で浅瀬を探り、目当てのものを探り当てた。
水に洗われて出てきたのは、真っ赤な四角い板だった。
どう見ても自然のものではないので、人里から盗んできたのだろう。
まじまじとドククラゲがそれを眺めていると、
エクトプラズムが小刻みなリズムで水面に噴きだす。
咳き込むような音のする、ジュペッタの笑い声だ。
思念体を核とするゴーストタイプには、文字通り「落とす命が無い」のだ。
攻撃されてもただ弱り、しばらく動けなくなるだけである。
おがくずと一緒にすっかり毒も抜けたのか、水を吸って重くなった体を引きずって
足のつくような浅瀬に歩いて行くと、
ドククラゲはぎしぎしと殻を鳴らし、何か囁いたようだった。
ついさっきまでの戦闘がまるで嘘のように、二匹は仲睦まじい。


複雑なジョウトの日の出の周期を、彼らはどのように知ったのだろう。
ドククラゲの姿が海に潜り、ジュペッタが岩場に戻っていってから
きっかり30分後、空が白みだした。


野生のポケモンの研究は様々なされているが、
このような異種同士の交流に焦点を当てたアプローチは、前例のない試みであるといえよう。
本日は、捕食対象でないポケモン同士でも、交流が行われていること、
また、捕食行動を模した行為によってお互いの意思疎通を図るという
野生ポケモンの世界を垣間見ることができた。
ゴーストタイプから水/どくタイプへのりゅうのプレートの譲渡など不可解な点もままあるが
まずは研究の第一歩として、情景の記述を続けていきたい。

4月17日