ぼうけん03

ブラシにタオル、救急セット。それから乾燥フーズのもとを沢山…
リュックサックに必要なものを詰め込みながら、
ツブラはハンズフリーにしたポケギアの呼び出し音に耳を澄ませていた。
間もなくして、受話器が取られる。きびきびとした女性の声。
背後に聞こえるざわざわと楽しげな音楽は、ツブラの部屋のラジオから流れるのと同じものである。


「……お母さん?私。……うん……そう、元気。ふつう…うん」

声の主は、コガネシティのラジオ塔の受け付け嬢…
…ツブラが母と話をするのは、本当に久しぶりのことだった。
このごろ、キキョウとコガネシティとの間は
奇妙な木が生えたとかで通行止めになっているからだ。
久しいのは母親だけではない。
姉はアナウンサー(あの伊東スミコを知っているだろうか)、兄も一緒にルームシェアしているから
伊東家はほとんどがコガネシティに暮らしているのだ。
幸い、ピジョットのジョットが母の手持ちにいるおかげで
一家分散の危機とまではいかないのだが
昔ながらの手透き紙職人の父はで遅くまで工房にこもっているし
今、家に居るのはツブラと、それからドーブルのレオナルドだけになる。

「……ヒワダシティに泊りの仕事見つかったんだって。
 行ってくるから…うん。だいじょうぶ。家はレオに任せる。
 先生も、ときどき様子見にきてくれるって言ってるし」

大体荷物も詰め終わり、リビングのソファに行儀悪く寝転びながら
彼女は廊下の二匹に目を向ける。
ドーブルのレオナルドはツブラが小さい頃からのうちに居る、いわば三番目の兄弟だ。
聞かんぼうのゴンベに少し戸惑いながらも面倒をみてくれているから頼もしい。
ツブラがまだ小さかったころも、こうしてレオナルドが面倒をみていたのだと、ツブラは聞いている。

「つれていくならレオが良かったのに。しばらく寂しくなるけど我慢できるかなぁー」

名前を呼ばれたせいだろう。レオナルドはくぅんと鼻を鳴らし、
その姿が「大丈夫だよ」と答えてくれているようで、ツブラは嬉しくなる。
ドーブルの子供みたいに小さな肩にぎゅーっと顔を押し付けていると、
ポケギアの奥から「イトウさーん」と、知らないひとの声がした。

「…仕事行っていいよ。また電話する」

ツブラの母は、過保護ではない。
あっさりぷつんと電話は切れて、部屋には小さくつけたラジオの音が流れるきりになった。

「ぶるっ」

「ありがとう、レオ。がんばるから、へいき」

顔を舐めてくれるレオナルドの舌は優しくて、ずうっとそうされていたいくらいだったのだが
ツブラは、ベージュ色の短い毛足から、名残惜しくも顔をひきはがした。
レオナルドもいい加減年だ。
そういつまでも心配をかけているわけにはいかないし、それにジョバンニからの宿題もある。
もうひとりの問題児をどうにかしなければなるまい。
彼女はソファから跳ね上がり、戦場、もとい、さっきまで二匹の戯れていた廊下に仁王立ちになる。
いつもと違う環境に興奮しているゴンベもそろそろ寝かしつけなければなるまい。
風呂に入る前に散々格闘したのだが、奴ときたら、一向にボールに入ろうとしないのだ。

「さて、次はお前だゴンベ!おとなしく…」

そういえば廊下は妙に静まり返っている。
どこに居る、と目を走らせれば、なんのことはない
廊下の先の玄関、傘立て皿の中に小さく丸まって、すやすやと眠りこけている姿が見てとれた。

「…なーんだ。」

口に指を当てたレオナルドに付き添われながらツブラは近寄り
黒い背中にこつんとボールを当ててみると、拍子抜けするくらい簡単にゴンベは格納された。

動いていれば手のつけられない怪獣も、どうやらまだまだ子供らしい。