ぼうけん01

今度、バトルの強い若者を見たら、生まれ故郷を聞いてみると良い。


基本に忠実。ポケモンの特性を生かし、賭けではなく着実に勝ちを狙う…
…もしもそういうトレーナーだったならば、出身はほぼ間違いなくキキョウシティだ。
歴史の町、キキョウシティは昔から勉学や修行の場としてよく知られ
かつては名高い教師と才能のある若者でにぎわったものだ。
時代は流れ、人々の興味が学問から行楽に移り
コガネシティに人口が流れてしまった後の町はすっかりさびれてしまったが
それでも学問の町は、今なおも優れた人材を輩出している。
ポケモン塾に通う子供たちの行列は、この町の日常だ。

「…ジョバンニ先生っ!」

そんなポケモン塾の昼休み。
古風な引き戸をがらりと開けて顔を出したのは、生徒のツブラである。
トレーナー修行に出る前の10歳くらいの子供の多い中、彼女は最年長16歳。
同年代の友人がトレーナー目指して卒業していく中、
ブリーダーになるため塾に残りたいと志願した生徒だ。
勉強する傍ら、準ブリーダーの資格を取り
今は塾の練習用ポケモンの世話や、
必要なら旅立つ子たちへの譲渡なども行っていて(ブリーダーの資格がないと出来ないのだ)
実質アシスタントの役割も果たしている。

ぜぇぜぇと息も荒くなだれ込んできた生徒の一大事を察し
ジョバンニはくるくる回転を加えてドアに駆け寄り、彼女を受け止め

「おやおやー、どーしたですかー?」

「どーもこーも!!」

さっきまでのよろよろ加減はどこへやら。
恰幅の良い恩師の胸に安心したか、ツブラはがばりと顔を上げて
ジョバンニの皺ひとつ無い(無かった)シャツの襟元をぎりりと締め上げた。
明るい茶色に脱色したおかっぱ頭にはバンダナ、そして大量の青いどろどろを被っている…
…が、勿論これはファッションの一部ではない。

「コイツ困ります!」

ツブラは、生徒にはメタモンと揶揄される印象に残りにくい顔をめいっぱい怒りに歪め
少し遅れて引き戸まで追い付いた問題の元凶をびしりと指す。
彼女が入ってきたドアの向こうに立っている、まだあどけない子供のゴンベだった。



ゴンベがポケモン塾にやってきたのは1週間前。
タケルとマッスグマが裏の大木でずつき練習をしていた時、
突然どさりと落ちてきたのがはじまりだ。
いつもはたかだかタマタマが落ちてくる程度なのだが
珍しいこともあるものだ。
小さいながら100kgはあるゴンベの体を
もろに受け止めたタケルは全治1ヶ月の大怪我。
痛い痛いと叫ぶタケルをよそに昼寝に戻るゴンベを、介抱に忙しいジョバンニに代わってツブラが捕まえたというわけだ。
今になって思えば、あんなときにツブラにボールを投げるよう指示したジョバンニは、講師としてどうなのだろう。

「ツブラサンはボール投げるの、おじょうずですねー?」

「…ふざけないで下さい先生。」

「…コホン。
 ゴンベは珍しいポケモン、覚える技も独特!
 すばらしー教材になってくれるとおもいますよー!」

とは、問いただした後のジェバンニの弁だ。
以来、ゴンベは練習用ポケモン達と並んで塾の共有ボールに加わったのだが
授業に参加することは今の今までなかった。多分、これからも無理だろう。
なにせこのゴンベは、あまりにも、言うことを聞かなすぎたのである。
本来、ゴンベは大人しく、ビギナーズポケモンに適している筈なのだが
この個体はボールは壊す。戦いは放棄する。粗相はする。
体格の割に力が強く、目を離したすきに勝手にうろついて何人もの塾生を泣かせた、塾一番の問題児だ。

「…すばらしー教材になると、おもったんですけどねー」

なんとかすべく、ツブラは徹夜で教科書を読み漁り
ゴンベの資料をインターネットで探し、餌を調合し、
カラーセラピーにエクササイズ、アロマに音楽、マッサージと
正道から邪道まで、野生のポケモンをなだめるあらゆるセオリーを試してみた。
が、今のところ効果を上げたものは全くない。
幼いゴンベは予想の斜め上をかっ飛んでいく。



「…コイツ、私の手には負えないと思う。
 ゴンベのくせになかなか食べないし、ゴンベのくせに表情ないし、
 勝手にボール出るし、ふらっふらどこへでも動くしいいぃ…」

「動いてナイですけどー?」

「…一度止まると動かなくなるんですー…多分、気分のせい…」

今は生き物であることも疑ってしまうくらい、ぴたりと止まって動かない。
それどころか薬屋の前の置物みたいに、何の表情も浮かべていない。
隙を見てツブラがボールを投げると、素晴らしい反射神経で頭を傾げ、避けた。

「こせーてき!まさにコレがポケモンというやつですねー」

うがーと叫ぶツブラの横で、ジョバンニは大喜びにぐるぐる回る。
睨まれて、さすがに喜びのダンスは自重したものの、
彼がゴンベとツブラのコンビを気にいっているのは、間違いなかった。
いくら暴挙が重なろうとも、
ジョバンニは絶対にゴンベを手放す素振りはみせず
それどころかツブラにどんどん押しつけてくる。
困りましたーと頭をポリポリしている呑気な講師の笑顔の裏に
ツブラは何か別の真意を見ていた。

「大体コイツには適性が無いんですよ。少なくとも私にはもう無理。
 …大体、ぜんぶのポケモンが慣らせるとは限らないんだし。」

掴みどころのない講師に、どうにもならないポケモン。
疲れ果てたツブラはジョバンニのシャツを揺さぶるのをやめ、
とうとう手近な机に突っ伏してしまった。

「私の仕事は、ブリーダーなの。トレーナーじゃない。
 ブリーダーの仕事ってトレーナーじゃないですよね?
 ブリーダーって、ポケモンを選んでもいいんですよね?」

ここまでされると、さすがのジョバンニもかわし続けるわけにはいかなかった。
口元をきりりと締め、小さく震えるツブラの背をさする。
ジョバンニの目から見ても、彼女はブリーダーの素質を持った生徒だった。
ツブラがマッチングしたポケモンを持った卒業生たちはいずれも強く、
はじめての相棒を、生涯の友と呼んで誇っている。
それはツブラにとってもそうだが、ジョバンニにとっても誇りだ。
今、芽を摘んでしまう訳にはいかないが…だが、しかし…
生徒と動かないゴンベとを、ジョバンニはしばし見比べていたが
突如、手を打って

「オー、そうでした!」

くるくると事務室を横断していったかと思うと、間もなくして
講師らしい温かな笑みと一枚の茶封筒をツブラに持って戻ってきた。

「ヒワダタウンで、ブリーダーの公募でーす!」