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そう書かれた手紙がポストにことりと落ちてから、部屋の中は慌ただしい。
ドアの張り紙が「えんま」から「チームスラバヤ様御一行」と書き直されたその一室には
早々に荷支度を終えたチュータツも紛れ込み、えんまの爛れた掌の手当をしてやっていた。
「それにしても、随分あっさりと降伏したものだな。少し拍子抜けした」
えんまは健康なほうの片手で鞄の中身を指差し確認していた折りだったが
ちらりとチュータツを向いて、至極当然といった風に答える。
「だって、ゆっただろ。きみに倒されるまではんせいしないって。やくそくどおりだ」
きみに、倒されるまで。
「そういうことか…」
チュータツはかくりと首を落とした。
どうりでえんまが容易に負けを認めなかったわけである。
角がもげそうなくらいに全体重をかけて頑張っていたのは、
咄嗟に突き飛ばして、尻餅を着かせたあの時、妙にあっさりと態度を変えたのは、
文字通り『倒され』ることが負けに直結していたからだというのか。
破顔したえんまは包帯の隙間から軟膏の染み出たべとべとの手を差し出し
チュータツの両手を無理やりサンドイッチにする。
「チュータツさん、つよかったよ。ぼくの負けだ。おどろいちゃった。
つぎの試合も、がんばってね!」
「…は?」
きっかり3秒の間を置いてチュータツが問い返すと
えんまは微笑みを崩さず、咳払いをして改まり。
「これは、試合がおわってからゆおうとおもってたんだけどね。
ぼくがまけちゃって、優勝とかがむりになっても、
チュータツさんは、ぼくよりもつよいじゃないか。
だからね、きみがぼくのかわりに戦っ」
がたん。椅子が揺れて言葉をさえぎる。
「よし木偶そこに直れ私が戻ってくるまではそのままだ。良いな。」
聞き終わる前に、チュータツは立ちあがっていた。
不思議そうに見上げるえんまに、人差し指一本で”待て”をさせ、
そのまま威嚇するように突き付けながらドアのほうへ向かう。
「暇なら手伝え」と通りがかりのチューヅが差し出した調理器具を
彼はすれ違いざまに床に叩きつけた。
「あーっ!この野郎ぐっちゃぐちゃじゃねーかっ!待てコラどこ行きやがる!」
「棄権手続きに決まっているだろうが。
貴サマらを敗退させた以上、ここに留まる理由など無い。」
「棄権だぁ!?おい、チュータツ!」
白衣の裾に追いすがるも空しく、イッカクフェレルは肩を怒らせて廊下の角を曲がっていった。
チューヅは通行の邪魔にならないように、散らばった鍋類を脇に重ねてから後を追おうとしたが
そんな彼を、笑いを含んだ声が引き止めた。
「自由にさせておきたまえ。真っ向から行かずとも、まだ手はあるんだ。」
「…なんだハゲか。」
「誰がハゲだっつの。」
いつもどおりの軽口を交わしつつ、
ジャスタスはサイドテーブルに置きっぱなしだった愛用の湯呑を回収した。
ハゲ呼ばわりされた苛立ちはどことなく声に反映されていたものの、先日までの疲れきった様子はみじんもない。
チューヅは再びチュータツを追って行こうとドアノブに手をかけたが、
同僚のいような爽やかさが気になって振り返る。
「やけに余裕だな。もしかして、またなんか仕組んだのか?」
ジャスタスは答えの代わりに、にかーっと満面の笑みを浮かべてみせ。
そして何か言うのかと思いきや、荷造りをしにキッチンに引っ込んでいってしまう。
「どういうことだっ!教えろっ!」
「駄ー目ーだ。君に漏らすとチュータツ君にも伝わるのは目に見えてるからな。
さぁ支度だ支度。退去まであと20時間しかないんだぞ!」
これまた閉ざした扉の奥からケラケラと嫌味な笑い声に
チューヅはひとしきり地団太踏んで悔しがった後
「ちっくしょー!どいつもこいつもー!
いつまで座ってんだ、えんま!憂さ晴らしに買い物だ。市場行くぞ!」
「わかった。にもつ増えるなら、ドルテちゃんもいっしょに…
…そういえばドルテちゃんはどこにいったんだろう。 あいてっ」
チューヅに従いつつ、えんまはきょろきょろと周囲を見渡したが
ドアの上に頭をぶつけた拍子に、そんな疑問は忘れてしまった。