ギュニア杯決勝戦:ラッキーガール

目覚めたのは、白いシーツの上だった。
まるで、とてもいい夢を見た朝みたいにすっきりした気分で、黒鋼刃は上体を起こした。
そこが自室でなくて、しかも見なれていない場所だったから、ベッドから降りてうろうろしていると
大慌ての看護婦に止められる。
ここは医務室で、黒鋼刃は一度も来たことがなかったと、思考がいく。

「すみません、試合は、ギュニア杯は終わったんでしょうか…?結果は…?」

「寝て下さい。もうしばらく休めば、何もかも全て思い出しますよ」

「その前にキャシィさんは…」

看護婦は、黙って黒鋼刃をベッドまで押し戻すと、隣のベッドを指し示す。

「あ…」

白いシーツにくるまれた女性は、まだ眠りから覚めていない。


『黒鋼刃選手、戦闘不能!』

薄れゆく意識の中で、審判が高らかに宣言したのは、黒鋼刃の耳に残響を残していた。

『よってこの勝負、キャシィ選手の勝利!』

「…そう、でしたか」

言われるままに参加したのに、敗北がなんだか悔しいことが、黒鋼刃には奇妙だった。
飼い主の期待に応えることができなかったからだと、納得づけてみたけれども
それでもどうもしっくりこない。
けれど、負けたからくやしい、なんて。

「…初めて。」
























「…ん、」

開け放たれた窓からの風で、キャシィが目を覚ます。
起き上がったのはカーテン越しに見えて、
続いてシャッと軽快な音とともにクリーム色の布が引かれ、彼女のわくわくした顔が覗く。

「おめでとうござ」
「あのね黒ちゃんこれ」

ふたりは同時に喋りだしたので、一旦言葉を中断し、黒鋼刃が「どうぞ」と譲り

「…これ。」

キャシィは照れくさそうに俯き、ベッドサイドの水鉄砲を手に取ると、そっと黒鋼刃のほうに押しやった。

「ごめんね、武器なんていらないって言ったのに、結局使っちゃった」

「そうじゃなかったら…?」

「きっと負けてたわ!」

キャシィがまるで子供のようないい笑顔で、あっけらかんと言ったために
思わず黒鋼刃は吹き出してしまう。

「ふ、あはは、あはははははは!」

「何よ〜ん!だってそうでしょ、黒ちゃん強いんだもの!」

「それにしたって、キャシィさん、すごく、潔い…あはははは!」

そしてキャシィのほうまでつられ、ふたりは数日前に笑い転げたときのように盛り上がった。
大人びた外見のせいか、纏め役だとか姉役だとかに回ったことはあったが、
年相応に、同じ年の女の子と一緒にきゃあきゃあするだとかそういったことも今まであまり無かったことだと
黒鋼刃は内心で自分の変化に驚いていた。
先程まで拳を向けていた相手と、こうも笑いあえるとは。

「で、今はどうなのん?」

「え?」

激しい戦闘の後みたいに息を切らしている黒鋼刃に向かって、
キャシィはするりと笑いの波から抜けて問う。

「ほら、この間口ごもったじゃない。どうしてギュニア杯に来たの?」

キャシィは急かすこともせず、ただじっと答えを待っている。
答えは口をついて出た。
黒鋼刃にとっては首を狙われた時、即座に腕を差し向けるのと同じくらい、自然に。

「あなたみたいなひとに、出会うためです。」


そう。
キャシィが言った。

「…やっぱり黒ちゃんには勝てないわーぁ!」

「な、何故ですか?たった今、私に勝ったじゃないですか」

「んーん、勝てないの!チャンピオンのアタシが言うんだから間違いないって!」

それでも何か口答えしようとする黒鋼刃に、ぼふんと枕が投げつけられる。
真面目な彼女は、おろおろとそれを手にし、キャシィはそんな友人を見てゲラゲラはしゃいだ。
静かになさいと看護婦が注意にくるまで、
医務室の中は明るい声と日差しに、暫しの間包まれていた。