ギュニア杯2日目:朝

「拳の準備はできたかな?今日も燃え上がっていっくよー!」

スタンドに上った樹樹が、お馴染みの仕草で観客席を見渡す。
沸いて応えた観客達は朝だというのに熱気にあふれていて
むしろ昨日よりも多いように見えるが、気のせいだろうか。

「ただいまより、ギュニア杯予備選考 2日目の試合を開始します!」

再び試合の火蓋が切って落とされる。

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自分の試合の時間はまだまだ先だったが、時間を持て余していた黒鋼刃は
他の試合を見ようと、観客としてグラウンドに向かっていた。
S席とはいかないが、関係者専用通路の途中の窓に良い観戦スポットがあるらしく
他のリヴリー達の後を追っていく。
おそらく彼らも選手だ。ついていけば勝手に誘導してくれるだろう。
昨日は込んでいた会場内だが、今日はもみくちゃにもされず、随分楽に歩ける。
観客数とは異なって選手らしきリヴリーの数は昨日より少なくなっているように感じた。
トーナメントだから、半分くらいにはなっているのだろうか。
それでも西会場だけでこの多さ、予選参加の総数は一体何匹なんだろうと
彼はぼんやりと疑問に思う。

「いやーっ!」

青コーナーの横を通りかかった折、女性の悲鳴に耳がぴくりと反応した。

「どうか、なさいましたか。」

大きな声だったので、周りのリヴリー達も気づいたことは気づいていたようだったが
近寄っていったのは黒鋼刃ただひとりだった。
コンクリート固めの待機場所で、頭を抱えるように震えているパキケの女性に
なんとかして力になってやりたいと思い、黒鋼刃はそっと肩に手を掛ける。
金髪に日光を反射させて女性が振り向くと、互いの口から小さく声が漏れた。

「アナタ、昨日の!」

「キャシイさん?」

女性は頭をぶんぶん振りながら、無邪気に顔を輝かせた。
きゃーっと黄色い声を上げて手をとると
大人の色気を纏った第一印象が、木っ端微塵に崩れる。
すっかり元気になったらしいキャシィに驚きながらも
黒鋼刃は精一杯柔らかく微笑みかけてみせる。

「大丈夫ですか、気分でも悪いなら私が連絡を…」

「そーなの、それなのよん!早く耳ふさいでったら、えっち!」

キャシィは急にくわっと顔を顰め
黒鋼刃の手を自分の角のある耳に、そして自分の手を黒鋼刃の耳に押し当てた。
外部の音が聞こえなくなり、何が何やらという表情をしている黒鋼刃の耳元に唇を寄せて

「レディの体重をこーんな大音量で放送するなんて、失礼だと思わない!?」

そんなことで…
口には出さなかったが、黒鋼刃は目を瞬き、あっけにとられているのは一目瞭然だった。
賑やかな剣幕に押されながら眺める華奢で凹凸のしっかりした体は
パーフェクトとしか言いようが無く、どこをとってもキャシイの言う問題点は見つからない。
アナウンスが終わったのを察したのか、キャシィはそっと手を離し
フランツが余計なことを言わなくなったのを確認すると

「アタシったら胸があるもんだから、体重的に見るとちょーっと重いのよねん、やんなっちゃう!
 …って、オトコノコにこんなん喋ったって夢壊しちゃうだけよね。
 けっこー努力してるのよ?美人ってゆーのは!」

「オトコ…ノコ、ですか?」

ははぁ。そんな声で黒鋼刃は相槌を打つ。
そして一拍置いて、ようやく自分のことを言われているとわかったらしい。
グラウンドの向こうに対戦相手の姿を認め
腕の中から擦り抜けていくキャシィの感触にわたわたと追いすがる。

「あ、あの、ちょっと!」

「よしっ!このフラストレーションを思いっきり相手にぶつけてやるんだから!
 じゃあね黒鋼刃ちゃん。しっかり見ててちょーだいなっ!」

しかし大事なことを勘違いしたまま
キラキラと星を振り向きながら、スキップをするような足取りで
キャシィは行ってしまった。