ギュニア杯初日午前:チューヅ vs 黒鋼刃
開会の辞がフリーダムに終わったので
またざわざわと会場のリヴリーたちが移動をはじめる。
ホテルに向かって出ていく流れを、3人は壁際で静かに傍観していた。
「ジャスタスさん、はいっ!」
えんまが当然のように隣に対戦表を手渡し
ジャスタスがそれを読んでやる。
「君は17時、僕は16時半か…暇だな。」
「へぇー。じゃあ、じかんになったら、おしえてね。チューは?」
「へっへー。よっく見やがれ!」
肩車されたまま、2人に見せつけるようにチューヅの対戦表が開かれる。
赤色。そこには午前、9:50の文字。
「9じ…ごじゅう…いちばんさいしょじゃないか!」
すごいや!えんまは頭の上のチューヅを抱き上げ、高く掲げて大喜びだ。
「負けたら観戦チケット買わなきゃいかんからな、絶対勝つんだぞ。」
「てめーの財布は借りねーよ。」
チューヅは中指を突き立てて笑ってみせると、肩を怒らせてグラウンドに出ていった。
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対する青コーナーでは、ひとりのプリミティブブラックドッグが思いつめた様子で出番を待っていた。
鋭い眼光に黒尽くめの出で立ち。
漆黒の長髪が顔に被さり、必要以上の影を落としている。
「喧嘩とは違うのだと、飼い主様は言っていたが…」
指先でキン、とコインが音を立て、空中に飛び上がる。
クルクル回転を加えて落ちてきたそれを手の甲で受け止めると、
『青コーナー、黒鋼刃選手…』
放送が入り、選手のプロフィールが読み上げられ始める。
静かだがよく通るアナウンスは、フランツとかいう審判の声だろう。
「…占っても仕方がないな。」
黒鋼刃はコインの結果も見ぬままポケットに忍ばせた。
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赤コーナー:
チューヅ ハナアルキ
身長145cm 体重38kg
vs
青コーナー:
黒鋼刃 プリミティブブラックドッグ
身長175cm 体重70kg
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グラウンドの両端から選手が出てきて、真ん中で鉢合わせする。
フランツが、眼鏡の奥から無言で双方の覚悟を確認する。
レンズ越しに歪んだ瞳。どんな不正も見通されそうである。
「試合、開始。」
「/thunderッ!」
ゴングが鳴ったと同時に、チューヅの鞭が地面を叩く。
電流が持ち手を伝って先端までみなぎり、
弛ませたかと思うと反動を利用してめがけて黒鋼刃へと、
一直線に食らいつく。
――早い。
黒鋼刃の顔にそんな色が浮かんだ。
僅かに後れを取って、彼も指先から電撃を迸らす。
「/thunder!」
「!」
鞭の先の電流が黒鋼刃の体を打って、彼は軽く爪先を引き攣らせてよろめいた。
だが、チューヅのほうはもっと大ダメージだった。
いとも軽く突き飛ばされて観客席前のフェンスにぶつかり、がしゃんと音をたてる。
「10、9、8、7…」
倒れたのを見て、フランツがカウントを開始する。
黒鋼刃はいつでも応戦できるよう構えているが、倒れた相手にとどめを刺そうとはしない。
チューヅはぬいぐるみのように動かない。
「4、3、2、1…チューヅ選手、戦闘不能。よってこの勝負、黒鋼刃選手の勝利となります。」
どうっと観衆が沸く。
たった30秒ほどの試合である。熱狂に加えて、意外さにざわめいて会話を交わす客が多かった。
フランツは余った時間に困って腕時計を確認し、救護班が担架を持ってグラウンドに出てくる。
黒鋼刃はといえば、歓声を浴びながら
きょとんとした面持ちで立ち尽くしていた。
「…っ、大丈夫か!」
我に返って担架にすがりつく。
食らいつくような表情で、一瞬攻撃するのではないかと、
救護班に緊張が走った。
だが、
「許してください。貴方がそんなに虚弱だとは思わなかったんです。
知っていたならもっと…あああ、私も私だ、手加減すれば良かった…」
狼狽して済まない、済まないと繰り返す黒鋼刃の姿はどう見ても悪人には見えず。
真剣な顔が強面だから、滑稽ですらある。
「無駄ですよ。」
あまりに長く連れ添っているのを見かねてか
歩きながら脈をとっていた看護婦がやんわりと止めに入った。
穏やかな性格が多いのか、ホオベニムクチョウの看護婦が多い。
「気絶しています。あとで病室に行ってあげるといいと思いますよ。」
「後で病室を教えてください。必ず伺います。」
「はい、はい。あ、そこ段差だから気を付けて。せーので行くよ、せーの…」
職務に戻った
運ばれていくチューヅの姿を、不安な面持ちで見送っていた。
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