14. 計画始動

「GLLのセキュリティロックが外れるまであと30分だ」

懐中時計をちらりと見ながらジャスタスが行った。作戦決行まで一時間を切った、南米スラバヤである。

「わかっているな。GLL全体が無防備なのはほんの5分間だけだ。
 いいか、城でドルテと合流したら必ず」

「連絡すりゃあいいんだろ。心配はいいから早く行けよハゲ」

チューヅがけらけらと笑ってジャスタスの後頭部に張り手をくらわすと、彼は「ハゲじゃない」とむくれたが、すぐさま気持ちを切り替えてハッチに体を滑り込ませた。見事な群青のメッキを施されたムシチョウ型のロボットは目のランプを輝かせ、全長20mの巨体をゆっくりともたげた。チューヅの最高傑作、ロイヤルフェニックスの起動である。

「我ながら、見事なもんだぜ」

「うん」

チューヅとえんまが見上げるうちにロボットは脚部のローラーを回して軽くモーター音を響かせ始める。
えんまが言った。

「ぼくらもそろそろ行こうか」

チューヅが応える。

「計画始動だぜ!」





「あと30分……ねぇ」

ちょうど同じ頃、砂の城を模した高級リゾートホテル、サンドワームパレス最上階のスイートルームでも、チームスラバヤと同じように正午を心待ちにする者たちがいた。
腕時計にちらりと目をやったのは深緑のウェービーヘアを持ったオオツノワタケの少年、イドリーシだ。
彼が意見を求めるように向けた視線の先には彼の同業者が――つまり迷歌と、雇い主の樹樹がカウチに腰かけてベランジェの話を聞いていた。
一度始まると止まらないベランジェのマシンガントークが一息つくと、


「その子の話は本当なんでしょうね?」

樹樹は余裕の態度で脚を組み直して問いかける。ベランジェは自信満々だ。

「あいさ!今んとこ、僕の読みとも変わってないしね。
 事前の情報とも相違無し!まさに、かんぺっき。
 ほれ何だ、そこの資料ともぜんぜん矛盾しないっしょ?」

「……確かに、キー・クラッカーのタイマーは30分で発動するし
 スラムで強奪されたとされた物品リストとも合致しているのだ」

彼の言葉を裏付けた迷歌は、
チームスラバヤの備えている備品(+その他もろもろ)の情報が記された資料とにらめっこしていたが、
どうやら参謀の説明にまだ納得いかないようである。少しつり上がった紫色の眼は、不審そうにすがめられている。

「でも、その道具が”どんな風に”使われるかはわからないのだ?
 それに、コイツは」

ベランジェは「そりゃわからんね」ため息を吐き、部屋の隅へと歩みを向ける。
そこに蹲っている参考人の意見を仰ぐためである。
チームスラバヤから引きぬいてきたカンボジャクは、度重なる暴行にすっかり怯えきっていて、ベランジェに尋ねられる前に急いで口を開いた。

「……これだけ痛めつけられりゃあ、誰だって洗いざらい吐きたくなりますやね。
 知る限りの情報を話したってのに、まだ信用ならないんなら
 もとより私なんかじゃなくて、別の誰かを捕まえれば良かったのに。お馬鹿さん」

吐き捨てた瞬間ベランジェの爪先に腰を蹴りあげられ、彼女は反射的に身を縮めた。

昼飯を奢られて打ち解け、今度は夕食を御馳走するとの言葉にホイホイ付いて行ったアジトで一体何が起こったか。

掌を返したように冷酷になったベランジェの態度を、リラはこの先、絶対忘れることはないだろう。
体罰を加えられることで、真面目に聞いていなかった計画概要を鮮明に思い出せることに、彼女自身でさえ驚いたくらいである。
秘密の情報のうちひとつでも吐き出してしまえば、口はペラペラに軽くなった。

「それに、何も言わずに脱退なんかしたら、それこそ怪しいでしょうが。
 計画は中止になるどころか、あの小賢しいピグクロさんが私の足跡をたどって、貴方達全員をとっちめに来ますよ。
 その点、私の私情って言っとけば深入りはされないでしょう……安心なさい、送った文面はトウナスさんが検閲済みです」

まだ腑に落ちない様子の迷歌をよそに、樹樹が近づいてきてしゃがみこみ
硬直した仮面の如き笑顔でカンボジャクを覗きこむ。

「いい子ね、リラちゃん!
 他の子たちは計画の実行犯、立役者だもの。影でひっそり始末するなんて許されないわ。
 みんなの見ている前で公開処刑にしてあげなくっちゃ!それこそが正義なのだから!」

「奴らが証言と違う動きを見せでもしたら……解っていますね?」

ベランジェが念を押した。再び構えた片足の様子に、イドリーシは肩を竦めて顔をそむけたが、今回ばかりはただ恰好を付けただけで済む。からからの喉を震わせて、リラに発言の保証をさせるために。

「ええ、存じてますとも。ご安心下さい。
 私には貴方に借りこそあれ、嘘をつく理由はございません。
 何せ私は彼らを仲間だともなんとも思って居ませんし
 あちらさんも私なんか、まるきり信用してませんからねぇ」

それを聞いてベランジェはふにゃりと笑った。かつての海軍指揮官の面影はどこへやら、

「そういう訳なんで、今までの計画通り!進めて貰えると嬉しいにゃーん!」

と、振り向く姿に先ほどまでの凶悪さはみられない。張りつめた空気にほっと胸をなでおろした迷歌とイドリーシに続き、樹樹が元気よく立ち上がる。

「さ、おしゃべりはここまで!
 緋夜輝くんも配置に着くころだし、GLLにたてつく不届き者を、ぶっとばしにいくよーっ!」

拳を突き上げた彼女の号令に続き、部屋の面々が明るく歓声を上げた。

「オーッ」

計画実行の瞬間は、刻々と迫っている。